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Wednesday, January 02, 2013

かむ

かむの音を持つ動詞の中で、鼻を「擤む」というときのかむは、噛む (to bite) 醸む (to bite & grate rice with the teeth and to spit it out of the mouth for preparation of fermentation; to make sake or Japanese alcoholic drink)」と関係があるだろう。古代の日本では、酒造りは女性の仕事で、女性が酒米を口に含んでよく噛んで、米を砕き、発酵の準備をしていたのだという。

 擤むは「ティッシュやハンカチなどを鼻にあてがって、鼻息を吐いて、その勢いで鼻孔内の鼻汁を排出し、あてがっているティッシュなどで出て来たものを拭き取る」ことであり、醸むとは体から出すという点で意味か通じる。

 鼻を擤むというとき、英語では to blow one’s nose 「鼻を吹く」という。息を吐き出すことに力点をおいている。 to wipe one’s nose 「鼻を拭く」は拭くことに力点を置いている。

 余談ではあるが、日本語の吹く拭くが同音なのは偶然ではないのかもしれない。

 スペイン語で「鼻を擤むこと」は sonarse la nariz「 (自ら) 鼻を鳴らす」と表現する。

Monday, March 26, 2012

上戸毒知らず、下戸薬知らず

上戸と下戸の見解の相違を示すことわざを集めてみた。

上戸だと損をすることを喩えたことわざに、上戸めでたや丸裸がある。宴会で気持ちよく酒を飲んで裸踊りをしているうちはいいが、財産までなくして丸裸になってしまうのが上戸だという。お酒の好きな人は気をつけられたし。

酒で散在するにしても、それがいったいなんだといわんばかりの上戸側の反論のことわざに、下戸の建てたる蔵もなしがある。また、上戸からすると、下戸は肴ばかり食べているので、下戸の肴 (さか) 荒らしなどともいう。上戸からすると下戸は、甲斐性なしで食べ物に意地汚いということになるのだろう。

医学的にはアセトアルデヒドの分解酵素があるかどうかで上戸か下戸かが決まるが、民族的遺伝に関連するともいうから、中国人 (漢書「酒百薬之長」) は上戸が多く、日本人 (吉田兼好「酒は百毒の長」) は下戸が多いのかもしれない。

上戸に餅、下戸に酒は見当違いでありがたくないもののたとえ。

契約したり、何かを引き出す交渉をするときは、下戸より上戸の方が良い。 酒を飲むと気が大きくなるからである。下戸が相手のときは、下戸の手強という。

上戸にはいろいろなタイプがいる。笑い上戸泣き上戸怒り上戸など。下戸は感情を剥き出しにしないから、笑い下戸だとか、泣き下戸だとか、そういった慣用句はない。

英語では酒を飲む人は drinker、飲まない人は nondrinker であり、laughing drinker だとか weeping drinker といった言い回しはするかもしれないが、慣用句ではない。

関連

Saturday, March 24, 2012

上戸か、下戸か


酒は百毒の長ともいうが、百薬の長ともいう。前者は酒を嫌う者、後者は酒を好む者が言い出したことなのだろう。酒は百毒の長といったのは日本人の兼好法師で、原典は『徒然草』にあり、酒は百薬の長の捩りだという。酒を悪く言うのには大きく二つの人種があるだろう。一つは酒のもたらす害悪を目の当たりにしたり、耳にしたりしているうちに嫌になる人、もう一つは自分が飲んでみても気分が悪くなるだけで何の効用も認められない人である。 吉田兼好がどちらに属する人かはもはや探りようもないが、下戸だった可能性はある。

酒は百薬の長と言ったのは中国人の王莽 (オウモウ) であるという。 上戸であったか下戸であったは定かではないが、王莽は漢の元帝の皇后の甥であり、まじめな儒学者で、権力欲が強く、権謀術数に長けていた。中国では暴君・王位簒奪者・偽天子が皇位にある時、天変地異が起こる、と信じられていたが、呉承恩 (『西遊記』の著者は一人ではないかもしれないから「呉承恩たち」というべきか?) はこの伝承を利用して『西遊記』で孫悟空が山に封じられるまでに暴れていた時期を王莽の時代と設定した。というのも王莽は、平帝が皇帝のとき、この十二歳の皇帝を毒殺して、二歳の新皇帝を擁立し、実権を掌握からである。当初王莽は仮皇帝を名乗っていたが、西暦八年、「天命には逆らえぬ」と称して正式に皇帝の座に就き、漢にかわる新を立てた。新は国の制度として五大都市の物価を統制し、酒・塩・鉄・銭の鋳造・名山と大沢を国家管理とした五均六幹を掲げた。原典の『漢書』には以下の文がある。
夫鹽食肴之將、酒百薬之長、嘉會之好。鐵田農之本、名山大澤、饒衍之臧。
(
() れ鹽 (= ) は食肴の将、酒は百薬の長、嘉會 (= 嘉会) の好なり。鐵 (= ) は田農の本 (もと)、名山大澤 (= 大沢 ダイタク) は饒衍 (ジョウエン) の臧 (ゾウ) なり
「塩は料理の基本であり、酒は薬の中の薬として、めでたい宴会にはよろしいもの。鉄は田畑を耕す基本の器具になり、大山や大きな沢・水の流れるところは、獣や魚がたくさんいる蔵である。」

王莽の統制経済は、結局、身内贔屓の役人の管理の下、腐敗していき、多くの民の生活が困窮することとなり、 ついには反乱が起きて、西暦二十三年、王莽は惨殺されて新は滅んだのであった。

上戸毒知らず、下戸薬知らず
食べ物に関する言葉
『平家物語』が引く王莽の名

Friday, March 02, 2012

Friedly Foe


Sake, or alcoholic beverage, is considered not only the best medicine but also the worst poison in the Japanese wisdom (酒は百薬の長 / 酒は百毒の長). Henry Fielding (1707-1754), English writer, thought of wine in a slightly different way. Time changes wine after you drink it:
Wine is a turncoat; first a friend and then an enemy.
ワインは裏切り者。はじめは友だが、あとで敵となる。
(ヘンリー・フィールディング)


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ヘンリー・フィールディング









Friday, January 13, 2012

酩酊

酒に酔うこと、つまり、酩酊は、日本の感覚では、神様のなせる業と考えられていた。ユダヤ教徒とイスラム教徒は戒律によって飲酒が禁じられている。一神教は言うまでもなく万物の創造主以外を神とは認めず、日本流にいう八百万の神々は、何か人々を惑わす邪悪な存在と見なされている。

以上のことを漠然と考え合わせると、酩酊は (多神教の) 諸々の神々の仕業という考え方は、かなり古くから、しかもかなり広い地域にあったのかもしれない。

関連
http://songbyriver.blogspot.com/2012/01/blog-post_10.html

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Tuesday, January 10, 2012

お神酒上らぬ神はない

お神酒上らぬ神はない

どの神様にも酒はお供えしなければならない。正月、お祭り、建前、結婚、とむらい、エトセトラエトセトラ。どの行事にも神様がおられるから、その都度酒は飲まねばならない。

これは飲兵衛からすると、金科玉条。というよりは、きっと飲兵衛が考案したことわざなのだろう。神様にお供えした酒は飲んでこそご利益があり、けして粗末にしてはならない。

西洋では、パンはキリストの肉であり、ワインはキリストの血である。最後の晩餐でイエスが使途たちにそう告けげたことに由来している (たとえば、ルカ二十二章十九〜二十節)。 

西洋では (またはキリスト教では、) 儀式と日常の距離の開きが、日本の場合よりも大きいのかもしれない。教会での聖餐式のあとに、その延長として宴会 (パーティー) を開いたりはしないだろう。

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Friday, December 16, 2011

鉄の杵も磨けば針となる

只要功夫深、铁杵磨成针
Zhǐyào gōngfu shēn, zhí chǔ mó chéng zhēn

「どこまでも磨き続ければ鉄の杵も針に成る」といったことを意味する中国のことわざ。唐代の詩人李白は、子供の頃、学業に興味を示さなかった。そんなある日、鉄の杵を一所懸命に磨いている老婆に出くわした。いったい何をしているのかと尋ねると、老婆は太い鉄の杵も磨いていれば、いずれは針に成るものだ、と返答した。


世界の三大呑兵衛詩人の一人と数えられる李白は、中国の教科書ではその出来事以来学業に励むようになったと記されているが、しかしその一方で、それとは正反対の性分も李白にはあった。後の西洋の作曲家マーラーを魅了する李白である。
處世若大夢
胡爲勞其生
世に處るは大いなる夢の若し。
なんすれぞその生を労するや。
「人生は長い長い夢のようなもの。あくせくしてもしょうがない」

因みに下戸の筆者が愛してやまぬ世界三大呑兵衛詩人とは、唐の李白、アッバース朝バグダッドのアブー・ヌワース、そして、セルジューク朝のペルシャ人詩人オマル・ハイヤームである。

黄鶴楼の鶴 (黄鶴楼は李白のお気に入りの場所)
叩き台 (鉄に関することわざ)

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Tuesday, December 13, 2011

In vino veritas

In vino veritas

word-for-word translation
In wine, truth.

general translation
In wine there is the truth.

逐語的邦訳
酒に真あり。

このラテンのことわざはプリニウス (Pliny the Elder, 23 AD - 79 AD) の著作にあるという。酒に酔えば、本音で語り合うようになるといった意味である。

日本には、話百回、お茶十回、お酒一回ということわざがある。これは他人と親しくなるまでの回数を喩えている。会話だけなら、百編は会わないといけない。お茶会なら十回。だが、お酒の伴う宴会などの席なら一回で親しくなれるというわけだ。お酒が入ると本音で話すようになるので、すぐにうち解ける、ということだろう。酒は本心を表すは、露骨な表現でことわざらしくない。

表現の仕方は異なるが、西洋のことわざと日本のことわざは同じようなことを言っている。

仏語と独語のヴァージョンは以下のとおり。
français: La vérité est dans le vin.
Deutsch: Im Wein liegt Wahrheit.

About "Life is a Joke"
Latin Index

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Tuesday, December 26, 2006

Semele

セメレはギリシャの酒神ディオニュソスの母親である。(See Dionysus)
As the son of Semele, Dionysus is a first cousin of Oedipus's mother, Jocasta, who in some traditions was also a grandchild of Cadmus.
セメレの息子であるディオニュソスは、いくつかの言い伝えによれば、カドモスの孫であるオイディプスの母親イオカステのいとこである。
この固有名詞はプリュギア語で大地母神を指すゼメローがギリシャ語に訛ったものであるらしい。もしそうだとすると、「地、土」を指す印欧祖語と関係があることになる。

Semele
[Perhaps from Phrygian Zemelo, the name for their goddess of earth. If so, this word would be related to PIE *dhghem- "earth." See bridegroom. ]

Tuesday, December 05, 2006

Dionysus

古代ギリシャの酒の神「ディオニュソス」は、外来の神格である。ディオニュソスは、作意を持たず、素朴で、直情的で、ありのままの豊饒な自然をそのまま表現するワイルドな神であるという点で、オリュンポス (Olympus) の神々とは異なっている。天なるゼウス (Zeus) の息子ではあるが、母親はカドモス(Cadmus) の娘、即ち、人間のセメレ (Semele) で、オリュンポスの十二神に数えられることはまれであった。だからといってマイナーな神かといえば、そうでもなく、ニーチェに限らず、アポロン (Apollo) と同等の重要な神だと考えている人も少なくないだろう。「ディオニュソス」は「二度生まれた者」を意味するらしいが、おそらく、それは以下の神話からのこじつけであろう。

ゼウスがテバイ (Thebes) の王女であるセメレに恋をして、高貴な人間の姿で夜這いしていると、やがてセメレは懐妊した。嫉妬に狂うゼウスの妻のヘラ (Hera) は、老婆の姿でセメレに会い、相手が本当にゼウスであるのかどうか確かめなければならないと吹き込んだ。疑心暗鬼となってセメレは、翌日の夜にゼウスが訪ねて来た折、何をお願いしても拒まず答えるという誓いを立てさせた上で、「本当のお姿をお見せくださいませ」と願い出た。それはゼウスを困惑させる要望であった。なぜなら、死すべき者 (人間) は、神の正体を目にした途端に、死ななければならないからである。ゼウスはその場をしのごうとするが、セメレは執拗にせまった。誓いを破るわけにもいかず、ゼウスは正体を明かし、天となって、稲妻を走らせた。稲妻はカドモスの王宮を直撃し、母体のセメレは即死し、胎児が流れ出た。胎児は月足らずだったが、父親がゼウスで神の血を引いていたから、死ぬことがなかった。ゼウスは我が子を救い上げ、自らの太股に縫い込んだ。この神話に従えば、ディオニュソスはまず、母親から生まれ、その後、父親の太股から生まれたことになり、要するに、「二度生まれた者」なのである。

プリュギア語 (Phrygian) の「天 (神) の子 (Diounsis)」からという説もある。この単語の dios 「天、神」はギリシャ語の「ゼウス」と同系であり、これに「子 (unso)」がついて成立している。ノンフィクションとして扱えば、ディオニュソスは、アナトリア半島 (現代ではトルコ) のプリュギア (Phrygia) か、その隣国のリュディア (Lydia) の出身である。(あるいは、もっと起源は古いのか?)

一説によると、ゼウスが嬰児ディオニュソスを託したのがニンフのニューサ (Nysa) であったことから、「ゼウス・ニューサ」が語源であるともいう。おそらく、語源については、比較言語学者よりもギリシャ神話学の研究者が熱心に探求しているが故に、上記のような様々な説が飛び出してくるのだろう。

ディオニュソスがやってきたとき、既存のディオニュソス風の原始的な宗教がとうの昔からギリシャにあったに違いない。人は類似する考え方には共感を持つが、対照的な考え方は受け入れないものである。従って、都市部におけるディオニュソス教の受け入れには抵抗が起きたが、農村部では受け入れられて、信仰されるようになった。この点でディオニュソスは田舎っぺの神様ということになるだろう。ディオニュソスの祭事は、幾つか知られているが、田舎のディオニュソス祭 (小ディオニュシア / Rural Dionysia) と都のディオニュソス祭 (大ディオニュシア / City or Great Dionysia) があり、後者は比較的新しいものと想定できる。

田舎のディオニュソス祭は葡萄の収穫を祝う秋の行事だった。葡萄を栽培してワインを造るアッティカ地方の村では、酒を酌み交わし、歌い、踊り、芝居や行列を見て楽しんでいた。行列のメインは、山羊か鹿かはっきりわからないが、獣の姿に仮装した人々がパロス (男根柱 / 英 phallus) を担ぐものであった。ディオニュソスは植物にせよ、動物にせよ、人間にせよ、一口で言えば、生命を生み出す根源的エネルギーの象徴なのだろう。

ディオニュソスのシンボルは、松ぼっくり (pinecone)、蔦 (ivy)、葡萄の蔓 (vine)、そして、葡萄酒 (wine) であり、様々な獣として顕現するが、主に山羊の姿が多かった。

エウリピデス (Euripides, 485?-406? BC) が書いた物語は、いうまでもなく、「山羊の歌 (ie 悲劇)」の一つで創作物にすぎないが、『バッコスの信女 (The Bacchae)』は、ディオニュソスとその信者の様子を再現する手助けになるだろう。

アジアで成功を収め (= 酒を普及させて)、取り巻きの女たちを引き連れてテバイに戻って来たディオニュソスが目にしたものは、信仰される自分ではなく、迫害される自分であった。セメレの三人の姉妹、ディオニュソスのおばたちや、統治者のカドモスの孫、ディオニュソスのいとこペンテオス (Pentheus) は、セメレの懐妊はゼウスによるものではなく、セメレの子ディオニュソスは神ではないといって、その信仰を禁止していた (もしかすると、現実に禁酒法を制定した統治者がいたのかもしれない)。そこでディオニュソスは、おばたちを狂乱させ、町の他の女たちと共に森に追い出した。女たちはある日、鹿皮で身を包み、蛇を帯にし、頭に蔦の冠をのせ、手に杖をもって、牧場にあらわれ、はじめはオルギー (狂乱の儀式 / 英 Orgy / ディオニュソスは夜昼かまわず、酒を飲み、歌い、踊り、女と交わる) で疲れ切って眠っていたが、牛の鳴き声に目覚め、杖で岩を叩いて清水を湧き出させ、地面を叩いて葡萄酒を湧き出させ、牡牛や仔牛に襲いかかって、素手で次々に引き裂き、肉を生のまま食べた。女たちはそのあと、子供たちをさらって山に戻っていった。

ペンテオスの母親アガウエー (Agave) をはじめとするあの女たちには神がついていて、逆らわない方がよい、と牧人はペンテオスに進言するが、ディオニュソスを頑として認めようとしない王は、信女たちを掃討しようと出兵を命じる。捕らえられて王宮にいたディオニュソスは、神に逆らうのはやめたらどうだというが、王はディオニュソスをただの人間だと思い込んでいるので鼻で笑って相手にしない。そこでディオニュソスは、女たちに気づかれないように女たちの様子を覗き見させてやる、という。この提案はペンテオスの好奇心を擽った。

ペンテウスが山中で狂乱の女たちを木陰から見ていると、もっとよく見たくはないかとディオニュソスが唆し、巨木にのせて、木を空高く突き上げた。そこでディオニュソスは姿を隠し、われを信じぬ者がいるぞ、こらしめてやれ、と女たちに知らせる。狂乱の女たちは、王に向かって石や杖を投げ。それから、木を根こそぎ引っこ抜いて王を地面に落とし、腕や脚を引きちぎって殺害する。先頭に立ったのは、王母のアガウエーである。狂乱のアガウエーは、自分たちが武具を使わずに素手で獅子を討ち取ったものと思いこみ、息子の生首を杖に刺して、凱旋する。忍耐辛い父親、老人となっていたカドモスだけが娘を正気に戻すことができた。カドモスがディオニュソスに、何故、母親が息子を殺すような惨いことをさせたのかと問えば、はじめから受け入れていれば、このようなことにはならなかったのだ、神は侮蔑されれば、黙視しないものだ、と答えた。神ともあろうものは、人間と異なり、寛大な心があるのでは、と問えば、これはゼウスの御意であり、運命なのだ、といって姿を消す。

エウリピデスがこのストーリーによって示したかったのは、理性よりも、本能の方が優ることもありうる、ということだったのかもしれない。酒は理性を削り、本能を剥き出しにさせる。たかが知れた人間の小賢しい知惠に依存してせこせこと生きるよりも、神からの贈り物である酒に身を委ね、気楽に幸福感を満喫する生き方も、人間にはあっていい。ディオニュソスは、世界のはじまりには黄金時代があったことを信仰者に思い出させる神である。この「山羊の歌」が公演されたのは、マケドニア (Macedonia) であって、アッティカ ----- もっと広く、ギリシャといってもいいが ----- ではない。理性や知識、文明の枠組みを胡散臭いものと見ていたエウリピデスは、アテナイ (Athens) では眉唾ものと見られていたらしく、居心地の悪さを感じて、マケドニアに移り住んでいたのである。

「山羊の歌」は都のディオニュソス祭の催し物であった。都の、即ち、アテナイのディオニュソス祭は、紀元前六世紀の僭主ペイシストラトス (Pisistratus) の治世にはじまったと考えられている。春分の頃に行われたこの祭の四日目から六日目までは主に「山羊の歌」と称される三部作 (ときには、四部作) の「悲劇」と、サテュロス劇 (satyr play) の公演があった。この祭は全ギリシャから観光客を集めるほど盛大なものであったが、奴隷にも暇が出され、自由が与えられていた。ペイシストラトスに何らかの政治的な意図があったことは確かだが、はっきりとはわからない。

大ディオニュシア以前に、その起源となったと思われる立春の頃のお祭りにアンテステリア祭 (Anthesteria) と呼ばれるものがあったが、そのお祭りでは、初日に樽開けがあり、二日目には、行列や早飲み競争などを行っていた。仮装パレードは海から戻ってくる神々を表現していたが、牡牛の姿のディオニュソスはこのパレードの中で結婚する。三日目は、死者の魂や黄泉の国の悪しき存在が地上に戻って来る日であった (季節の変わりに目に起こるこの現象は日本のお彼岸やケルト由来のハロウィンとどこかで繋がるのかもしれない)。ここで注目されるのは、生命の誕生 (ディオニュソスの職域) と死の関連性を見る古代ギリシャ人の発想である。紀元前五世紀のギリシャ人自身、ヘラクレイトス (Heraclitus) も、ディオニュソスとハデス (Hades) は同一である、といった主旨のことをといっているし、パロス崇拝はヘルメス (Hermes) でも見られるのだが、ヘルメスもまた、魂の運び屋として死と関連づけられていた。

英語の形容詞には、Dionysian「ディオニュソスの、ディオニュソスを信仰している (of, related to, or devoted to the worship of Dionysus)」 と Dionysiac 「ディオニュソス的な、熱狂的な、乱痴気騒ぎをする、酒池肉林の (frenzied or orgiastic)」がある。ただし、Dionysian と Dionysiac の区別は、必ずしも上記のようになるとはかぎらず、共に「ディオニュソス教の」と訳すこともできる。
The Dionysiac reveller sees himself as a satyr,
ディオニュソスのように飲んで浮かれている者は自分をサテュロスと見なす。

Athenian Old Comedy was in some way related to the Dionysiac cults.
アテナイの古い喜劇はディオニュソス教の祭儀とどこかで繋がっていた。

The climax of the Dionysian rite in Euripides' Bacchae is the sparogmos and the omophagia, tearing wild animals to pieces and comsuming their raw flesh, still warm with blood.
エウリピデスの『バッコスの信女』にあるディオニュソス教の儀式のクライマックスは、スパログモスとオモパギア、即ち、野生の動物を八つ裂きにして、血のぬくもりがさめぬうちにその生肉を食すというものである。

As you know, the Greek drama was originally the satyr or goat plays of the Dionysian cult.
知ってのとおり、ギリシャ劇はもともとディオニュソス教の祭儀であるサテュロス、つまり、山羊の劇でした。
異名はバッコス (Bacchus) という。

Dionysus
[Latin from Greek Διονυσος ( Dionysos. ) Origin uncertain.]

See also tragedy

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