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Saturday, September 22, 2012

摩頂松

『西遊記』ファンとして見つけた玄奘伝説のひとつ。唐の時代の『独異志』なる怪奇譚集にある『摩頂松 (まちょうしょう)』の話。

 玄奘は天竺に経典を取りに行く旅に出る前に、霊巌寺の一本松に語りかけた。

 「わたしが西に進んでいるときは西に伸びなさい。経典をいただいて東に戻る道を辿りはじめたら、弟子たちに告げなさい」

 弟子たちとは道中一緒になる孫悟空、猪八戒、沙悟浄のことではない。霊巌寺のとどまって師匠の帰りを待つ弟子たちのことである。

 松は玄奘が旅立つと数年の間は西の方へ数丈も伸びた。

 ある日を境に東に伸び始めた。そこで霊巌寺の僧侶たちは玄奘が帰路についたのだと悟った。
 

Saturday, March 24, 2012

上戸か、下戸か


酒は百毒の長ともいうが、百薬の長ともいう。前者は酒を嫌う者、後者は酒を好む者が言い出したことなのだろう。酒は百毒の長といったのは日本人の兼好法師で、原典は『徒然草』にあり、酒は百薬の長の捩りだという。酒を悪く言うのには大きく二つの人種があるだろう。一つは酒のもたらす害悪を目の当たりにしたり、耳にしたりしているうちに嫌になる人、もう一つは自分が飲んでみても気分が悪くなるだけで何の効用も認められない人である。 吉田兼好がどちらに属する人かはもはや探りようもないが、下戸だった可能性はある。

酒は百薬の長と言ったのは中国人の王莽 (オウモウ) であるという。 上戸であったか下戸であったは定かではないが、王莽は漢の元帝の皇后の甥であり、まじめな儒学者で、権力欲が強く、権謀術数に長けていた。中国では暴君・王位簒奪者・偽天子が皇位にある時、天変地異が起こる、と信じられていたが、呉承恩 (『西遊記』の著者は一人ではないかもしれないから「呉承恩たち」というべきか?) はこの伝承を利用して『西遊記』で孫悟空が山に封じられるまでに暴れていた時期を王莽の時代と設定した。というのも王莽は、平帝が皇帝のとき、この十二歳の皇帝を毒殺して、二歳の新皇帝を擁立し、実権を掌握からである。当初王莽は仮皇帝を名乗っていたが、西暦八年、「天命には逆らえぬ」と称して正式に皇帝の座に就き、漢にかわる新を立てた。新は国の制度として五大都市の物価を統制し、酒・塩・鉄・銭の鋳造・名山と大沢を国家管理とした五均六幹を掲げた。原典の『漢書』には以下の文がある。
夫鹽食肴之將、酒百薬之長、嘉會之好。鐵田農之本、名山大澤、饒衍之臧。
(
() れ鹽 (= ) は食肴の将、酒は百薬の長、嘉會 (= 嘉会) の好なり。鐵 (= ) は田農の本 (もと)、名山大澤 (= 大沢 ダイタク) は饒衍 (ジョウエン) の臧 (ゾウ) なり
「塩は料理の基本であり、酒は薬の中の薬として、めでたい宴会にはよろしいもの。鉄は田畑を耕す基本の器具になり、大山や大きな沢・水の流れるところは、獣や魚がたくさんいる蔵である。」

王莽の統制経済は、結局、身内贔屓の役人の管理の下、腐敗していき、多くの民の生活が困窮することとなり、 ついには反乱が起きて、西暦二十三年、王莽は惨殺されて新は滅んだのであった。

上戸毒知らず、下戸薬知らず
食べ物に関する言葉
『平家物語』が引く王莽の名

Wednesday, October 19, 2011

五行についての覚え書き

西洋人は四大元素 (Fire, Water, Air, Earth) を想定していたが、中国は五行を元素と想定していた。五行は日と月を除いた五つの曜日。火水木金土。対応させるとこうなる。
Fire = 火
Water = 水
Air = (該当なし)
Earth = 土
(該当なし) = 木
(該当なし) = 金

ただ五行相生は曜日の順番ではない。木生火、火生土、 土生金、金生水、水生木。『西遊記』第二回の祖師の詩の中に、この五行を体内で簇 (あつ) めて顚倒 (てんとう) させると、たちまちのうちに仏や仙になれるとある。

五行と五葬

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五行

Tuesday, October 18, 2011

Nothing Is Difficult

Nothing in the world is difficult. It is only our own thoughts that make things seem so.
世の中に難しきことなし。思いこみによってそう見えるだけ。

—— from Monkey

『西遊記』で孫悟空の名付け親である祖師の台詞。呉承恩 (十六世紀) の作とされる『西遊記』は、中国や日本の古典文学を愛したアーサー・ウェイリーによって英訳されている。

Master, who was also the godfather of Aware-of-Vacuity, said to his pupil in Monkey. The Chinese story, attributed to Wu Cheng’en, was translated into English by Arthur Waley (1889-1966), who loved the Chinese & Japanese classical literature.

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西遊記 (中野美代子訳は全十巻)
中野美代子
Arthur Waley
Alison Waley (奥さんのアリソンは抄訳をまとめた)




Tuesday, August 09, 2011

奢る平家は久しからず

奢れる者久しからず

『平家物語』は次のようにはじまる。
祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響き有り
沙羅双樹の花の色
勢者必衰の理をあらはす
おごれる人も久しからず
ただ春の世の夢のごとし
たけき者も遂には滅びぬ
偏 (ひとえ) に風の前の塵に同じ
祇園精舎 (梵語: Jetavana vihara) は天竺の仏教僧院。須達 (しゅだつ / 梵語 Sudatta) 長者が舎衛城 (しゃえじょう) の南にある祇陀 (ぎだ / 梵語 Jeda) 太子の林苑を買い取って釈迦 (しゃか / 梵語 Sakya) とその教団の為に建立した。祇陀林寺。ここでは病僧がなくなると弔意を表すために鐘を鳴らす風習があった。釈迦が入滅したときは、沙羅 (さら / 梵語 sala) 双樹の花も白くなって枯れてしまった。それは、さかんであっても必ず滅びる裡 (ことわり) を示している。沙羅双樹は無常の象徴とされている。

奢れる者も久しからずに対応する英語の諺は Pride goes before a fall である。
七世紀、『西遊記』で有名な唐の玄奘三蔵が訪れたとき、祇園精舎は既に荒れ果てた廃墟だったともいわれている。インドではヒンズー教が形成するカースト制社会が確固たるものであったので、万民平等論を説く仏教が根付かなかったことは歴史的事実である。

盲目の琵琶法師が語りをつとめていたことは、小泉八雲が再話した『耳なし芳一 (The Story of Mimi-Nashi-Hoichi)』によって知られている。

関連
平家物語に見る古代中国の悪しき君主たち
Asinus stramen mavult quam aurum


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平家物語
中野美代子訳 西遊記
小泉八雲 怪談

Wednesday, June 22, 2011

行行出状元

三百六十行、行行出状元
(Sānbǎi liùshí háng, háng háng chū zhuàngyuán)

word-for-word translation
A million ways to work; various businesses, come(s) out, champion.

English translation
There are a million ways to work; the first-class comes out of each and every kind of business.

逐語的邦訳
仕事 (の種類) は無数にあり、どの生業からも、一流の者は出てくる。

国のことわざ。三百六十は「かぎりなく沢山」で、行は「職業」のこと。職業は無数にあるが、どの職業でも一流になれることを表現している。職種として何に就いているかではなく、取り組む姿勢によって己を生かせといった意味である。

 ところで、麻雀を少々かじってみればわかることだが、中国人は数字にめっぽう強い。また、『西遊記』が良い例だが、数字を観念的に利用する。上記の諺では「七十二行 (qīshí'èr háng)」ともいうが、七十二は三十六の二倍の数字である。三十六とその倍数は数が多いことを意味する。三十六計逃げるに如かずは、「万策を弄するより逃げた方がいい」ということである。

 七十二は十二の六倍である。十二は言うまでもなく十二進法では満たされる数字で、現代の半日の時間数であり、年間の月の数であり、星座の数であり、干支の数であり、中華文化圏の昔の一日の時間と方角の大枠の区分の仕方の数であり、ギリシャ神話の主要な神々の数である。また、西洋の悪魔学では方位はやはり十二に区画され、それぞれに六種の悪魔がいるとされ、ソロモン七十二柱という。伝説によると、エジプトのプトレマイオス二世は七十二人の翻訳者を招いて七十二日間で、ヘブライ語版旧約聖書をギリシャ語に訳させたという。

 インドから主に東アジアに伝わっていった仏教では煩悩の数は百八とされるが、百八は十二の九倍である。

 十二やその倍数を完全に満たす数字、または、「無数」とする考え方は、太古からあったものと考えられる。起源は中国かメソポタミアのどちらかと勝手に推測するが、もしかすると、十進法よりも起源が古いかもしれない。

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中国のことわざ

Thursday, December 28, 2006

kowtow

中国語の「叩頭」から。皇帝に対して平身低頭し、九回の叩頭を行うことは中国の宮廷の儀礼の一つであった。一般用法としては、日本語の「土下座」に似ている。
英語の初出は十九世紀で、名詞「叩頭 (の礼)」から、後に動詞「叩頭する」になった。
Monkey, kowtowing violently, hastened to say, "There is no trickery about this."
< Alison Waley, Dear Monkey (西遊記) >
猿は、平身低頭して激しく叩頭しながら、慌てて言った。「騙そうなんて滅相もございません。
比喩的に精神状態を指す「追従的態度、ご機嫌取り」、あるいは、動詞で「こびへつらう」などの意味は英語になってから成立した。中国語や日本語にこの意味はない。
I won't kowtow to those inferior to me!
格下の連中の言いなりにはならないぞ。
中国の奇数は陽のシンボルで、九は、一桁では一番大きいな奇数であるから、吉とされている (eg. 九月九日は「重陽の節句」)。

kowtow
[18th c., borrowed from Chinese kou2 tou2 , literally, "knocking-head". The first sense in English is the "act of prostration and touching one's forehead to the floor or ground repeatedly (or nine times before the emperor in the Chinese tradition)." The figurative use "to fawn" or "obsequious manner" came out in the English-speaking world.]

中国音について
2 = 第二声

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