Friday, November 23, 2012

猿語の研究

『ことばの誕生 行動学から見た言語起源論』 (正高信男著、1991) は猿語と喃語の研究書である。リスザルやニホンザルの研究からはじまって、後半では、ヒトの一歳未満の赤ちゃんの声の意味を探っている。

 リスザルの警戒音はリスザル語の研究であると同時に、利他性の研究とも位置づけられている。捕食動物が出現した際、なぜ、自分だけ黙って逃げず、同じ種の血縁外の仲間にも伝えるのか? 結論はまだ出ていないようだが、将来の返礼を期待して恩を売っておくためではないかといった解説があった。相互的利他主義論というそうだが、言語学が人文系の学問と切っても切りはなせないのは人間語も猿語も同じなのだ。

 いちばん興味深かったのは、テキサスのニホンザルのラブコールが嵐山のニホンザルにはそう聞こえず、警戒するというところであった。猿も地理的な隔たりがあると、言葉が通じなくなってしまうのだという。

 録音・再生機材の性能に関しては記載されていないが、どうなんだろうかと思う。生物学的に見てヒトの聴覚とほかの霊長類の聴覚との差はないのだろうか。良質のスピーカーはどうかわからないが、普通一般のスピーカーでは、ヒトは生の声とスピーカーから流れてきた声を聞き分けられる。ヒトの男の場合、当然、スピーカーから聞こえて来るどこか遠くの見知らぬ女性の誘惑には心を動かさない。刺激されることはあっても、生で誘惑されるのとはまったく次元が異なる。

 読みながらメモっておいたのは、テキサスにはガラガラヘビがいるので、テキサスニホンザルにはガラガラヘビを発見したときの警戒音がある、といったことである。ガラガラヘビに噛まれて亡くなった犠牲者が出たことがあるので、その固有の警戒音が生まれたのだという。場所が異なると言葉が異なってくるのは、交流がないのみならず、それぞれの地域の事象の違いにもよるということであろう。

 この本によると、カルフォルニア工科大学の小西正一氏が鳥類の方言の研究をされたことがあり、防音室で単独で育てたミヤマシトドは自分の生まれ故郷の歌を歌えなくなることを突き止めている。また、よその地域のミヤマシトドのさえずりを聞かせていると、その歌を歌うようになる。実験結果から、ミヤマシトドには方言があり、経験的に歌を覚えていくということが示されている。

 猿に同様の実験を行うことはできないという。猿を一頭だけにして隔離すると、発狂に至り、自然な音声データがとれなくなってしまうからだという。しかし、ニホンザルにアカゲザルの子を、アカゲザルにニホンザルの子を預けて育てさせるといった交換実験は行われている。アカゲザルのある母親はニホンザルの養子を拒絶したそうだが、受け入れた方からデータはとっている。結果は、ニホンザルに育てられたアカゲザルはニホンザル語のフードコール (餌を持った飼育係を認めると発する声で、一頭が発すると同種族は合唱する) を獲得し、アカゲザルに育てられたニホンザルはアカゲザル語のフードコールを獲得したというものであった。つまり、誰から生まれたかではなく、誰に育てられたかで、使う言葉 (方言?) が決まったのである。逆から言うと、ニホンザルに育てられたアカゲザルは、アカゲザルからは同族とは見なされず、アカゲザルに育てられたニホンザルはニホンザル族とはみなされなくなってしまっているということである。

 猿語の研究のあとは、ヒトの赤ちゃんの発声の研究や論考が続く。公共言語を操るという点において、ヒトが特別な存在なのか、霊長類の仲間にすぎないのかといったことが正高信男氏の最大の関心事であった。ヒトの言葉の誕生に、「系統的にみて飛躍的な発展はなかった」と結論付けられている。

 文法や語彙以前の言語学の研究書として、『ことばの誕生』は貴重な資料である。


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