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Saturday, December 07, 2013

嘘は泥棒のはじまり

嘘は泥棒のはじまり

word-for-word translation
Telling a lie is the beginning of stealing.

free translation
A liar will steal.

 日本語のことわざ。こどもが嘘をついたときの戒め。嘘つきは泥棒のはじまりとも言う。西洋でも同様のことは言う。

 ドイツ語のことわざに ----- Wer lügt, der stiehit auch... ----- 嘘をつく人は盗みもする」がある。

 フランス語では ----- Qui dit menteur, dit larron... ----- 誰かに嘘つきと言われたら、泥棒と言われていることになる」といった言い方をする。

 インカ帝国は ----- Ama sua! Ama llulla! Ama quella!... ----- 嘘つくな、盗むな、怠けるな」を国是としていた。

 対立することわざに嘘も方便がある。




Saturday, November 16, 2013

llama

llama

--- Word DNA ---------------------------------------
ETYMOLOGY
1600, “wooly-haired, humpless camel of the Andean region,” from Spanish llama, from Quechua.
1864, “wool of this animal; material made from this wool.”

DECIPHERMENT IN JAPANESE
ラマ
ラマの毛、ラマの毛で作ったもの

外来語
ラマ (= リャマ)
------------------------------------ 言葉の遺伝子 ---

 ラマは駱駝の近縁だが、コブはなく、体は駱駝より小さく、羊毛のような毛に覆われている。生息地はアンデス地方。荷物を運ばせるほか、衣料品などの材料にするため、その毛を刈って用いる。

 スペイン人宣教師トマス (Domingo de Santo Tomás) によるスペイン語によるケチュア語最初のの文法書 Lexicon de la Lengua del Perú (1560) には、ラマはアルパカなどと同様に、羊 (Spanish: oveja / English sheep) の一種と解説されている。英語の十七世紀の文献でも ----- 8 llamas or Indian sheep -----「八頭のラマ、つまり、インディオの羊」などと記述されている。絵で示せばもっとわかりやすいのだろうけれども、文章だけだと、手っ取り早く説明するには、羊を引き合いに出すのが好都合だったのだろう。十八世紀になると ----- camel of the New World ----- 「新世界の駱駝」の記述が登場する。

 The llama that will carry a load if you caress him...
ケチュア語


Tuesday, November 12, 2013

ケーナ

ケーナはアンデス地方の葦や竹や木で作った笛。セラミックや、ラマやコンドルなどの動物の骨や、人骨で作った笛もペルーのナスカ地方 (Nazca) やモチヵ (Mochica) 地方などからは出土している。ボリビアの楽器博物館 (el museo de instrumentos musicales de La Paz) には二十一種類のケーナが展示されている。リードはなく、息を管の中に吹き込んで音を出す。構造的には日本の尺八に似ている。楽器の作成は自然物の加工だったので、定まった手順のようなものはなく、熟練工が経験を頼りに、素材の中を繰り抜いてから穴を開けて一定の音階の笛にしていた。一般的にケーナには、右手の指三本分、左手の指三本分、そして、右手の親指一本分の都合七つの穴がある。

 ケーナはケチュア語 qina から、スペイン語 quena を経て、日本語になった。英語では quena か、あるいは、 cuena と綴り、わかりやすくするため flute を付け加えて、 quena flute ともいう。

 アンデスの人々はケーナを含むアンサンブルでフォルクローレを演奏する。すると、周りの人達は踊る。踊ることを Quena-Quena という。

Monday, November 11, 2013

pampa

パンパ (pampa) は南米大陸アマゾン以南の樹木のない平原のこと。特にアルゼンチンからウルグアイにかけてひろがっている。ケチュア語 bamba からスペイン語 pampa を経て、英語や日本語になった。アマゾンより北方の平原はスペイン語でリャノス (llanos) という。北米大陸ではプレイリー (prairie)、ユーラシア大陸の似たような平原はステップ (steppe)、アフリカに見られる平原はサバンナ (savannah) という。

Sunday, November 10, 2013

puma

ピューマ (puma) は南米のネコ科の動物。語源はケチュア語で、スペイン語を経て、英語と日本語になった。 OED が採録している用例文を見てみると、一八九八年にルミス (C. F. Lummis) という人が、-----  The proper name of the American lion today is Puma; and that is an Inca word that Pizarro found in the Fifteen-thirties among the Andes... its Peruvian name by now is accepted, not only in all Spanish countries, but wherever English is spoken… ----- 「今日、アメリカ大陸のライオンの正式名称はピューマであり、それはピサロが一五三〇年代にアンデス山中で見つけたインカの言葉である。() そのペルー先住民語は今ではスペイン語圏の国々のみならず、英語が話されているところでも受け入れられている」と書き残している。

 ダーウィン (Charles Darwin) ----- the meat is very white, and remarkably like veal in taste...「その肉は真っ白で、味においては子牛によく似ている」と書いている。

 ピューマの別名はクーガー (cougar) である。

ケチュア語


Wednesday, November 06, 2013

coca

コカ (coca) は、南米のコカノキの葉や若い枝を乾燥させたもので、ライムと混ぜていっしょに噛んだり、あるいは、お湯に浸して抽出し、お茶として飲んだりする。コカに含まれるコカインは神経の興奮作用、麻酔作用、空腹の緩和、疲労の回復などの効能がある一方で、依存症も引き起こす。

 コカはアイマラ語 kuka か、もしくは、ケチュア語 koka に由来し、スペイン語を介して英語に入った。

 コカは、インカ帝国の版図よりも広い範囲での栽培と使用が認められるから、インカ文明よりも古いものであると推理できる。中米を含む広い範囲でコカは使用されていた。我々日本人にとっての酒や、北米の人々のたばこと同様に、コカは中南米先住民の親睦や懇談、宗教儀式と関係がある。

 インカの宗教祭儀にも使用されていたから、スペイン人が建てたペルー政府は十六世紀にコカの使用を禁止した。しかし、禁制品は高く売れるから、栽培がかえってさかんになり、活発に取引されるようになった。スペイン人入植者は鉱山や農場で労役させるために先住民にコカを与えていた。入植者の中でもコカの農場主は高額納税者となり、政治的影響力を強めていった。

 ペルーとボリビアでは今でも栽培と伝統的使用は合法である。政府は外圧に従い減反を進めているが、コカ栽培農家 (Spanish cocaleros ) は協会 (association) を設けて対抗している。「コカ栽培をやめると、文化の独自性は失われる」と協会側は危機感を煽っている。コカがほかの作物よりもお金になることは言うまでもない。

 エクアドルでのコカ栽培は一九九一年までで、それ以降は皆無となっている。

 二〇〇〇年時点での作付面積は、ペルーが40,200ha、ボリビアが22,253ha、コロンビアが183,571haであった (Andean Trade Preference Act: Impact on U.S, Industries and Comsummers and on Drug Crop Eradication and Crop Substitution. 13th Report 2007 --- by US International Trade Commission)

一番多く栽培しているコロンビアでは、コカインへの精製も盛んに行われているという。コカインの主要消費地は米国なので、米政府は南米各国政府の対応にいら立ちを募らせている。

 コカコーラコカは、コカインコカに由来している。


Saturday, October 26, 2013

インカ

インカ (Inca) はケチュア語で「王、帝、主、貴族 (king, emperor. lord, or lords; ruler, reling people)」の意味。十六世紀、侵攻して来たスペイン人たちは、クスコ (K: Qusqu, Qosqo / S:Cuzco / E: Cusco, Cuzco / 字義:「へそ」) を中心に細長い領土を有して栄えていた国を「インカ帝国 (Imperio Inca)」と呼んだので、その名が世界中にひろまった。今ではインカ帝国を建設した民も Inca 「インカ族」と呼ぶことがある。版図はペルー、ボリビア、エクアドルのほとんどとチリとアルゼンチンの一部であった。主要言語はケチュア語であった。

 ケチュア語で「インカ帝国」は tawantinsuya であった。 tawa は「四」、-ntin は部分を指す接尾辞、 suyu は「地方、地域、県、国」である。日本列島の四国は当然国名ではないが、 tawantinsuya という命名法は四国の名付け方と似ている。

 タワンティンスーヤは都のクスコを中心に東西南北の四方の地方、乃至、県によって構成されていた。

 インカは宗教指導者であり、政界の上層部を占める人々であった。インカはマンコ・カパック (Manco Capac, c1022-c1107) とママ・オージョ (Mama Ocllo) の子孫である。マンコ・カパックは十二世紀初頭頃にクスコ王朝を建てた初代の王。伝説によるとインカ文明はインティ (Inti) と呼ばれた太陽神とママ・キリャ (Mama Quilla) と呼ばれた月の女神が、黄金の杖 (Tapaq Yauri = ターパック・ヤーリー) が地面に沈むところに、太陽の神殿を建てるようにと、マンコとその妹で妻のママ・オージョを指導したときから始まった。

 またマンコはインカの伝説によると、パカリプタンボ (Pacarictambo) というところのタムボトコ (Tambotoco) という洞窟から出て来たという。神話によっては、マンコは日光を反射するマントを着けている。マンコには兄弟が三人、姉妹が四人いて ----- この八人は四組の夫婦でもあったらしい ----- 一緒に旅をしていた。あるとき洞窟に戻ると、兄弟三人は石になってしまった。生き残ったマンコは四人の姉妹と一緒に再び旅に出た。三人の男の兄弟はアンデスの神々である huacas をないがしろにしたので石にされたという。

 ある伝承によると、マンコの部族は、現在ペルーの南東部に位置するチチカカ湖から北に向かい、黄金の杖が沈んでいく谷に着いた。杖が地面に沈めば、そこが世界のへそ、即ち、クスコだとインティより教えられていたマンコは、先住部族を統合して、「われはインティの子なり」と名乗り、神殿や畑の作り方を民に伝えた。

 インティは生命を授ける神である。インカの人々は自分たちがインティの子孫であり、選ばれた子であると信じていた。

 インカ文明には文字がなかったので、神話は口承て伝わったから、さまざまなヴァージョンがある。

 支配者の神聖化はインカ固有ではなく、ユーラシア大陸でも見られる。日本の天皇も天照大神の子孫だといわれている。太陽神の信仰はほかにも広く見られる。太陽は光と熱をもたらしてくれるので、生命の営みにとって必要不可欠なものである。古代人が光合成のメカニズムや、それによる生態系全体に及ぼす影響を知っていたとは思えないが、太陽が生命を与えてくれるものという直感は正しいものであった。もし太陽が誕生しなかったら、地球も誕生せず、地球が誕生しなかったら、地球の生き物も誕生のしようがなかったのである。

 選民思想はユーラシア大陸ではユダヤ思想が有名である。

 月がもたらす、地球上の生命に対する役割についても古代人がどこまで知っていたのかは疑問だが、とにかく夜空で一番目立ち、定期的に満ち欠けする神秘性から、古代から広く崇拝の対象となったのだろう。






Wednesday, October 23, 2013

ケチュア語

ケチュア語 (Quechua = 英語では最も標準的な綴り) は、現在、ペルー、ボリビア、チリとアルゼンチンの北部、コロンビア南部、エクアドルなど、アンデス山脈を中心に約一千万人の話者がいるという言語、あるいは、語族。英語の文献には十九世紀前半から登場。土地ごとに語彙と文法が異なり、方言の域を超えてそれぞれが言語と見なされている観点から、語族と捉える方が正しいという。ケチュア語族の言語の数は分け方によって異なる。(詳細については、『世界のことば小辞典』(柴田武編 / 大修館書店 - 1993) p.175 参照) 但し、 Bolivian standard Peruvian standard を二大方言 (dialects) と見なし、語族とは説明しない書物もある (Concise Compendium of the World's Languages -- by George L. Campbell, 2003)

 ケチュア人を「ケチュア」と最初に呼んだのはスペイン人である。OED によると、ケチュア語で、 Quechua 「略奪者、破壊者」(plunderer, despoiler) の意味。また、ケチュア語には支配者階級が使う一般には知られざる inka simi 「王の言葉 (Lord’s language)」と、巷の日常生活で通用する  runa simi 「民の言葉 (popular language)」があった。 inka は「王、支配者」を指す。runa simi   Quechua になったのは、スペイン人が統治権を握るようになった十六世紀からである。

 かつてのローマ帝国の影響圏域にラテン語が普及したように、インカ帝国の影響圏域にケチュア語が浸透したが、両者には相違点もある。一五三三年にスペイン人がインカ帝国を滅ぼすと、早速、カトリックの布教活動が開始された。一五六〇年、スペイン人の宣教師トマス (Domingo de Santo Tomás) はクスコで話されていたケチュア語 (Cusco Quechua) を基に文法書を作成し、現地の共通語に位置づけた。スペイン語でインディヘナ (Indigenas = indigenous peoples) と呼ばれている先住民族に共通ケチュア語が浸透したのはインカ帝国の宗主国的立場にあったクスコ人によるものというよりは、別の大陸から侵攻して来たスペイン人の影響の方が大きかったというのである。先住民には文字がなかったので、文字はローマンアルファベットが採用された。スペイン人がスペイン語を押し付けなかったことは、布教活動には大いに役立ったのだろう。但し、スペイン式の綴り方は現地語に合致しないとして、原語に則した綴り方にすべきだとする人もいる。

Ama sua! Ama llulla! Ama quella!
coca
llama
pampa
puma
インカ
ケーナ
コンドル
マテ茶

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Monday, October 21, 2013

Coca-Cola

コカコーラ (Coca-Cola) 、アメリカで開発されたカフェインとカラメル入りの黒い炭酸飲料で、商標名。 OED には Coca-Cola のエントリーがある。言葉の成り立ちから見ると、コカコーラの組み合わせである。コカはラテンアメリカ先住民の嗜好品で、コカインの原材料であり、言葉としてはアイマラ語やケチュア語といった南米先住民語に由来し、コーラは西アフリカ原産のコラノキの実で、ほろ苦くて、カフェインを含有し、言葉としてはニジェール・コンゴ語族に由来している。つまり、アンデス山脈出身のものとサハラ砂漠以南の熱帯の木の実がアメリカで組み合わされたことになる。

元祖コカコーラコカコーラを原材料に含む神経衰弱などに効く内服薬である一方、アルコール飲料の代用品であった。従って、アル中の予防薬としての役割もあった。発明者はペンバートン (John Smith Pemberton. 1831-88) OED が採録している一八八七年の新聞に載った宣伝文には ----- Drink the brain tonic and intellectual soda fountain beverage Coca-Cola… ----- 「脳をすっきりさせる飲み物、知的炭酸清涼飲料のコカコーラを飲もう」とある。今日、コカやコーラは原材料にしないが、名称コカコーラはそのまま使用され続けている。

 英語では同様の飲料水を cokecola と呼ぶ。

 「コカコーラが普及した」ことは coca-colonized という。「コカコーラ普及 (植民地) 化」は coca-colonization という。こういった術語はおおむね Americanized Americanization を意味する。

Sunday, October 20, 2013

Ama sua! Ama llulla! Ama quella!

Ama sua! Ama llulla! Ama quella!
--- Inca Rules

word-for-word
Do not steal!
Do not lie!
Do not be lazy!

Español (スペイン語 = Spanish)
¡No seas ladrón!
¡No seas mentiroso!
¡No seas perezoso!

逐語的邦訳
盗むな。
嘘つくな。
怠けるな。

 ケチュア語の標語。ケチュア語 (語族) にはもともと文字がなかったので、表記法にはばらつきがある。

 この標語はインカ帝国の道徳律であった。南米先住民からすると、スペイン人は略奪と虚言の名人なので、そういったスペイン人たちへ対するあてこすりになったという説もある。

 スペイン人到来前のインカ帝国は、窃盗、虚言、怠惰を三つの大罪と見なしていた。インカの人々が信じていたのは、王 (インカ) が病に伏すと国は荒れるか、あるいは、逆に、国が荒れると、王が病に倒れる、ということであった。厳重注意しても窃盗、虚言、怠惰がなおらない者がいたら、その者はインカの神々を冒涜していると見なされ、処刑されていた。インカ帝国には帝国の国教に位置づけられているような宗教があり、版図内の他の民族の土着の宗教がその国教より敬われることがあってはならなかった。インカの住民は、やましいことは行っていないという証を立てるために、家の扉を開け放っておかなければならなかった。

 文字がなかったので、南米先住民の文化や歴史には不明な部分が多いが、こういった道徳律や宗教観を見るかぎり、ユーラシア大陸の文化や人々の精神とかけ離れているわけではないことが見てとれる。


Wednesday, October 16, 2013

コンドル

コンドル (condor) は南米アンデス山脈に棲む頭の禿げた死肉を餌にする猛禽。ケチュア語 kuntur から、スペイン語 cóndor を介して、日本語と英語になった。十七世紀の英語文献には Cuntur と綴られた例もある。十九世紀のダーウィンの『種の起原』には --- The Condor lays a couple of eggs… --- 「コンドルは卵を産む」の記述がある。ラテンアメリカ諸国は、コンドルを金貨にデザインしたことがあるので、英語やスペイン語ではそういった金貨を指すこともある。

 カルフォルニアの山岳地帯で見られる同様の猛禽は California condor という。


Tuesday, October 15, 2013

マテ茶

マテ茶はケチュア語 mati から、スペイン語 mate を介して日本語になった。英語では mate は「メイト」になるので、 maté と綴る。

 マテ茶はマテチャノキと呼ばれるヒイラギ科の低木の葉を乾かして茶葉を作る。茶葉は緑のままお湯に浸すこともあれば、あらかじめ焙煎しておいて抽出する黒いお茶もある。焙煎しない茶葉から抽出する飲み方は日本の緑茶の飲み方と同じである一方、乾かした茶葉を焙煎するやり方は中国茶や紅茶の作り方と同じである。南米にコーヒーがもたらされてから焙煎するようになったのか、それ以前から焙煎する飲み方があったのか、そのへんのことは不明である。

 マテ茶を飲むときは小さい瓢箪から作った器にストロー状のものを入れて吸い出す。器もマテという。かつてケチュア人たちは竹や葦からストローを作っていたらしいが、今日では金属製のものを使う。金属のストローはスペイン人の考案によるもので、スペイン語で bombilla という。マテ茶の説明をいろいろと読むと、必ず、カフェイン濃度は高いと書いてある。

 アルゼンチンには ¡Tomá mate! 「マテ茶を飲め (Take maté!)というスペイン語の驚きを示す感嘆の表現がある。「何慌ててるんだ! とりあえず茶でも飲んで落ち着け」といったニュアンスなのだろう。
瓢箪から駒
河豚

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