しかは ”か" がいわゆる「鹿」の意味であった。上代の日本では、オスはさをしか、メスはめか、子供はかこと呼ばれていた。『万葉集』にはさをしかが出て来る例がいくらかある。巻十の二二六七の歌は恋を秘めておきたい女性が相手におくった歌で、さをしかは原文の万葉仮名では「左小壮鹿」と記されている。
さを鹿の朝伏す小野の草若み隠らひかねて人に知らゆな
「牡鹿が朝伏している小野の草はまだ若く短いので、隠れ切れない。だから人に知られないようにして下さい」
さをしかのさをは角なのだろう。しかし、理由はわからないが、時代が下ると、人々は鹿がオスであるかメスであるか気にしなくなり、性別をあらわす人が減り、さをしかもめかも区別しないでしかと呼ぶようになった。今日、性別を気にする人は牡鹿・牝鹿と使い分けるが、「さおしか」という人はいない。また、現代語では牝鹿は「めじか」であって、「めか」ではない。
鹿は英語では deer である。 古典ギリシャ語 θήρ「野獣」(wilde beast) とも結びつけられることもあるが、語源的関係はないとされ、ゲルマン語派に属する。一般的に、印欧祖語の語根 *dheus- 「息 (breath)」と関係があるという。ラテン語の影響下にある animal と同様に原義は「息のある生き物」と考えられている。(日本語の息も生き物と関係があるだろう。) 古英語期から中英語期にかけて、 deer は広く「四本足の哺乳動物」の意味であった。例えば、鼠の類は small deer と表現されていた。もしもウォルト・ディズニーが数百年早く生まれていたら、 Mickey Mouse ではなく、 Mickey Small Deer になっていたかもしれない。近代、 deer は「鹿」に限定されるようになり、今に至っている。
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