Wednesday, May 23, 2012

バスクの始祖

スク人について坂口安吾の短編小説『風博士』には面白いことが書いてあった。短い小説は集中力が途切れない分、読者にはありがたいものである。

この小説に出てくる風博士と蛸博士は犬猿の間柄であり、壮絶な確執の闘争を繰り広げてきたらしい。風博士の遺書によると、「四十八年以前より禿げてゐた」蛸博士は「余の戸口に Banana の皮を撒布し余の殺害を企てた」ことのある非道な人物である。この蛸博士が風博士の学説を一笑に付したことが風博士の自殺の原因である。学説を否定されたぐらいの、はたから見るとどうでもいいささいなことで死んでしまうのは、人間の悲しい性である。

風博士の言い分はこうである。
諸君は南欧の小部落バスクを認識せらるるであらうか? 仏蘭西、西班牙 (スペイン) 両国の国境をなすピレネエ山脈を、やや仏蘭西に降る時、諸君は小部落バスクに逢着するのである。この珍奇なる部落は、人種、風俗、言語に於て西欧の全人種に隔絶し、実に地球の半廻転を試みてのち、極東じやぽん国にいたつて初めて著しき類似を見出すのである。これ余の研究完成することなくしては、地球の怪談として深く諸氏の心胆を寒からしめたに相違ない。而して諸君安んぜよ、余の研究は完成し、世界平和に偉大なる貢献を与へたのである。見給へ、源義経は成吉思可汗 (ジンギスカン) となつたのである。成吉思可汗は欧洲を侵略し、西班牙に至つてその消息を失ふたのである。然り、義経及びその一党はピレネエ山中最も気候の温順なる所に老後の隠栖を卜したのである。之即ちバスク開闢の歴史である。しかるに嗚乎、かの無礼なる蛸博士は不遜千万にも余の偉大なる業績に異論を説 (とな) へたのである。彼は曰く、蒙古の欧洲侵略は成吉思可汗の後継者太宗の事蹟にかかり、成吉思可汗の死後十年の後に当る、と。実に何たる愚論浅識であらうか。失はれたる歴史に於て、単なる十年が何である乎! 実にこれ歴史の幽玄を冒涜するも甚しいではないか。
それにしてもこの小説に記されているのは、人間のおそるべき怨念である。文体が滑稽な分だけ余計不気味さを醸し出している。「憎むべき」蛸博士は、インフルエンザにかかってしまうのだ。今でもお年寄りなど体の弱っている人はインフルエンザで亡くなってしまうが、坂口安吾の時代は今以上にもっと恐ろしい病気だったに違いない。
青空文庫

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