Showing posts with label バスク. Show all posts
Showing posts with label バスク. Show all posts

Saturday, July 13, 2013

カルトヴェリ語族

 カルトヴェリ (Kartveli) はグルジア語で「グルジア人」のこと。グルジアは英語で Georgia (ジュージア) と呼ぶが、「グルジア語」や「グルジア人」を指すときは現地語を尊重して Kartvelian と呼ぶこともある。グルジア語はグルジア国内の人口の九割が話し、グルジアの公用語の一つに指定されている。文字はアラム語系のアルファベットを用いている。

 南コーカサス地方のグルジア語と、他の三つの言語は南コーカサス語族 (South Caucasian language family)、または、カルトヴェリ語族 (Kartvelian language family) を構成している。ほかの三つの言語とは、黒海沿岸で話されているミングレル語 (Mingrelian)、トルコの北東部で話されているラズ語 (Laz)、グルジア北西部で話されているスヴァン語 (Svan) である。カルトヴェリ語族の四つ言語はカルトヴェリ祖語 (Proto Katvelian) から派生したのだという。

 グルジアはギリシァ神話の『アルゴー号の冒険』や『縛られたプロメテウス』の舞台である。グルジアの古典ギリシャ名はコルキス (Κολχίς / Colchis) という。

グルジア語はバスク語と類似する点があるといわれている。

Gemini (アルゴー号に言及)

Amazon Japan
  


Wednesday, September 19, 2012

アナトリア仮説

唱者がレンフリュー (Andrew Colin Renfrew, b.1937) であるため、レンフリュー仮説ともいうが、この説では印欧祖語の発祥はクルガン仮説よりも古い。まず、印欧祖語の発祥前にアナトリア半島に農耕が発生し、文化的な優位性によって、彼らはギリシャへと移住・拡散していった。そして、紀元前六五〇〇年から六〇〇〇年の頃、印欧祖語ができた。紀元前五五〇〇年の頃から、石器時代であったヨーロッパ各地に移住しはじめ、分派していった。そして、農耕と共に紀元前三五〇〇年頃にはスコットランド北端のオークニー諸島 (Orkney Islands) に到達した。農耕民は少数で暮らす狩猟採集民に対して優位であったため、ヨーロッパのほぼ全土を印欧諸語を話す人々が席巻した。植民のパターンは千差万別であったと考えられているが、土着民が吸収・同化されていった例もあるだろう。非印欧民族で言語的アイデンティティーを保ったのは、イタリアのエトルリア人、スペイン・フランス北部のバスク人、イベリア半島東部のイベリア人など、ごく少数であった。そういった諸民族は、農耕定住型印欧諸民族に対峙するだけの集団的経済力があったのだろう。単純に考えて、経済力のあるグループAと経済力のないグループBがあるとすれば、経済力のあるAが生き残り、ない方のBは滅びるか、従って仲間 (または小作・奴隷の類) になるか、その土地を出て行くかしなければならなくなる。

 この仮説では、アナトリア語派は、いうなれば、本家であり、ほかの語派は分家ということになる。

近代の入植政策
クルガン仮説


レンフリュー関連書




Wednesday, May 23, 2012

バスクの始祖

スク人について坂口安吾の短編小説『風博士』には面白いことが書いてあった。短い小説は集中力が途切れない分、読者にはありがたいものである。

この小説に出てくる風博士と蛸博士は犬猿の間柄であり、壮絶な確執の闘争を繰り広げてきたらしい。風博士の遺書によると、「四十八年以前より禿げてゐた」蛸博士は「余の戸口に Banana の皮を撒布し余の殺害を企てた」ことのある非道な人物である。この蛸博士が風博士の学説を一笑に付したことが風博士の自殺の原因である。学説を否定されたぐらいの、はたから見るとどうでもいいささいなことで死んでしまうのは、人間の悲しい性である。

風博士の言い分はこうである。
諸君は南欧の小部落バスクを認識せらるるであらうか? 仏蘭西、西班牙 (スペイン) 両国の国境をなすピレネエ山脈を、やや仏蘭西に降る時、諸君は小部落バスクに逢着するのである。この珍奇なる部落は、人種、風俗、言語に於て西欧の全人種に隔絶し、実に地球の半廻転を試みてのち、極東じやぽん国にいたつて初めて著しき類似を見出すのである。これ余の研究完成することなくしては、地球の怪談として深く諸氏の心胆を寒からしめたに相違ない。而して諸君安んぜよ、余の研究は完成し、世界平和に偉大なる貢献を与へたのである。見給へ、源義経は成吉思可汗 (ジンギスカン) となつたのである。成吉思可汗は欧洲を侵略し、西班牙に至つてその消息を失ふたのである。然り、義経及びその一党はピレネエ山中最も気候の温順なる所に老後の隠栖を卜したのである。之即ちバスク開闢の歴史である。しかるに嗚乎、かの無礼なる蛸博士は不遜千万にも余の偉大なる業績に異論を説 (とな) へたのである。彼は曰く、蒙古の欧洲侵略は成吉思可汗の後継者太宗の事蹟にかかり、成吉思可汗の死後十年の後に当る、と。実に何たる愚論浅識であらうか。失はれたる歴史に於て、単なる十年が何である乎! 実にこれ歴史の幽玄を冒涜するも甚しいではないか。
それにしてもこの小説に記されているのは、人間のおそるべき怨念である。文体が滑稽な分だけ余計不気味さを醸し出している。「憎むべき」蛸博士は、インフルエンザにかかってしまうのだ。今でもお年寄りなど体の弱っている人はインフルエンザで亡くなってしまうが、坂口安吾の時代は今以上にもっと恐ろしい病気だったに違いない。
青空文庫

アマゾン


  








Thursday, January 19, 2006

silhouette

silhouette

影、影絵、切り抜きの絵、シルエット。

A patient silhouette waited, listening.
< Ulysses, by James Joyce, 1922 >
耳をそばだてながら、
シルエットは辛抱強く待っていた。

動詞は「シルエットになって見える」

the bed's foot silhouetted by the morning light...
< Golden Land, by William Faulkner, 1935 >
朝日に照らされてシルエットになっている寝台の裾・・・

斬り抜きの絵を趣味にしていた
フランスの政治家シルエットの名に因む。
(一説によると、この名字は
バスク語に由来するらしく、
もしそうだとすると、
原義は「穴だらけ」になる。)

zulueta / zuloeta (Bsq)
[zulo- " hole " (northern dial. zilo) & -eta "-ful."
Trask who is an expert in Basque says
this is the origin of the French family name
Silhouette.]
(lit.: many holes.)

シルエット大臣の死後三十年ほどが経つと、
英米の雑誌も影絵を用いるようになり、
英国ではそれをしばしば、単に
「影 (shade)」
と呼んでいたから、「シルエット」が
一気に普及したわけではなかった。
すぐに動詞用法も生まれ、
その受動態 (silhouetted) は、
やがて形容詞として独り立ちした。

silhouette
[late 18th c., F., from a name of a politician
Etienne de Silhouette (1707-67) who
was interested in making a silhouette
by cutting from paper.]
1. picture showing the outline only;
two-colored picture (one is for figure;
and the other, background.)
2. a) shade; shadow.
b) v. (usu. passive) show in silhouette.

Related leaf:
a la Silouette

Amazon Widget

『英語語源物語』購読

メルマガ購読・解除
 

Subscribe to LIFE IS A JOKE

メルマガ購読・解除