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Tuesday, February 05, 2013

地図にない街

 人生に絶望しきって、辞令や空っぽの蟇口など、ポケットの中身を池に投げ込んだ寺内氏はホームレスらしき老人に出会う。老人はなんでもくれたし、都会で生きる術も教えてくれた。バナナ、煙草、風呂、寝床、着るもの、お金、食事、床屋・・・ 最後に老人から頂戴したものは、板塀ばかしがうねうねとつづく通りの袋小路の板塀の向こうに住む女性であった。寺内氏はその女性と懇ろに過ごした。

 これが橋本五郎の短編小説『地図にない街』のストーリーの真ん中部分である。この部分だけとれば、シェヘラザードが喜んで千夜一夜に組み込みそうなファンタジックなハッピーエンドの物語なのだが、『地図にない街』には頭と尻尾がついている。

 寺内氏がすでに亡くなっていることは冒頭で語られる。そして、小説のおしまいには、その自殺の真相が語られる。作者は、一人の若者を手玉にとって望みのものを得た老人の心象風景については語っていない。

 『地図にない街』は、光が当たるところがあれば、影もできるといったことを示している作品だと感じる。

Wednesday, September 05, 2012

世界の名著

『死ぬまでに読んでおきたい 世界の名著』 (洋泉社) は、いわゆる古典文学の案内書である。ただ、「世界」とは銘打っていても、要は、西洋物をいう。二十作のあらすじが手っ取り早くわかるので、忙しい現代人には向いているかもしれない。この本が選んだ二十傑は以下のとおりである。

『白鯨』

『グレート・ギャッツビー』

『風と共に去りぬ』

『誰がために鐘は鳴る』

『初恋』(トゥルゲーネフ)

『戦争と平和』

『罪と罰』

『カラマーゾフの兄弟』

『ハムレット』

『嵐が丘』

『一九八四年』

『若きウェルテルの悩み』

『ツァラトストラはこう言った』

『赤と黒』

『三銃士』

『レ・ミゼラブル』

『失われた時を求めて』

『異邦人』

『神曲』

『ドン・キホーテ』

この中で熱心に読んだことがあるのは、ヘミングウェイのミッション・インポッシブル『誰がために鐘は鳴る』、善悪なんぞ物の見方でどうとでもなるといいつつ、なかなか思うように行動できない悩み多きデンマークの王子の物語『ハムレット』、ヒースクリフがアーンショウ家とリントン家に復讐する『嵐が丘』、ダルタニアンが三銃士とともに悪の枢機卿と対決する『三銃士』、ジャン・ヴァルジャンとコゼットとマリウスの数奇な運命と十九世紀のフランスの姿を描いた『レ・ミゼラブル』、そして、憂い顔の騎士とその従者サンチョ・パンサの冒険談『ドン・キホーテ』である。

『若きウェルテルの悩み』は、読んだことはあるはずだが、印象は薄い。

『失われた時を求めて』は長すぎて、拾い読みしかしていない。

『風と共に去りぬ』の出て来るスカーレット・オハラのいい人アシュレー (アシュレーはメラニーと結婚している) は、戦後、腑抜けになってしまう時期があり、勝者の北の政府に税金をおさめないとスカーレットが農場を失ってしまうというのに、口にするのは文明の崩壊だとか、神々の黄昏といったことばかりで、実務に役に立つことをスカーレットにしてくれない。それはどことなく病弱なせいで焦燥感を募らせながら執筆していたであろうニヒリストのニーチェと重なる。「神は死んだ」だとか、「永劫回帰」のことがニーチェの書には書いてあるが、だからいったいなんなんですかといいたくなる。ニーチェが無意味だとは思わないが、でも男というのはせいぜいそんなもので、いざとなったら女の方が強いのだろう。ただ、ヒースクリフはかわいそうな境涯ながら、図太く逞しく生きる。

こうしてみると、ロシアものはほとんど知らないことに気付く。ラスコーリニコフの性格や行いは少しは知っているが、通して読んだことはない。

ちなみに村上春樹文学に影響を与えたのは、上記の書物では、『グレート・ギャッツビー』と『一九八四年』であるという。

サマセット・モームは『嵐が丘』を世界十大小説に数えている。

ヘルマン・ヘッセは誰にとっても必ず読んでおかなければならない書物など存在しないと言っていた。

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Cat is honest (by Hemingway)

ヘミングウェイとカミュはノーベル文学賞受賞者
(ノーベル賞関連投稿)
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Sunday, August 12, 2012

雨夜の品定め

(あまよ) の品定めは紫式部 (937-1014) の『源氏物語』帚木巻が出典。帝の忌みの日が続いたある五月雨の夜、帰宅せずに泊まり込みしていた光源氏と頭中将 (とうのちゅうじょう)、左馬頭 (さまのかみ)、藤式部丞(とうしきぶのじょう)の四人が女性経験や女性論を語る。陰暦で言う五月雨は今日の梅雨の雨にあたる。

 の字は会意で、サイを三つ並べた形。サイは祝禱を収める器。それを三つ積んであるのは種々の祝禱を合わせて行うこと。転じて、等級や種類を示す字になった (: 品種品物品質)。モノのみならずヒトにも用い、出自・性分・性格・礼儀作法などについて言及する (: 人品が卑しい / 品格がある)。モノ・ヒトともに本質的な中身を暗示させる字で、品定めは中身・本質・natureを論じるということである。清代の『説文段注箋』には、人の口三つから成る、の如く説明があるが、それは本来の字源ではないという (白川静著『字統』)

 さて、『源氏物語』に戻る。出だしでは、頭中将が源氏に女からの手紙を見せてくれと言う。はじめはこの二人だけがいて、頭中将はぱらぱらと源氏に届いた手紙を読んだ後、自身の女性論を展開する。頭中将によれば、上流階級の女性は大事に育てられたので、欠点も隠されるが、中流では、個性が保たれて育てられているからつきあっておもしろい、とのことである。ちなみに下流には、頭中将は興味がない。

 そうこうしているところに、左馬頭と式部丞がたずねてくる。

 特別な才能だの魅力的な器量だのは家庭の主婦に無用だ、と左馬頭はいう。役所での出来事など、こちらが話したいことを話したときには、耳を傾けてくれる妻が良い、という。まじめで素直のなのが良い。夫が浮気したときは、気付いていることは示し、無視もせず、執拗に追求したりもしないのが良い、という。左馬頭は、器量が悪く焼き餅焼きの妻がいやで浮気したことがあるが、自分にいろいろと気を使ってくれたのは、風流でおしゃれな浮気の相手ではなく、むしろこの正妻であったという思い出話をする。

 ここで頭中将は体験談をひとつ交え、人生のほかのことでもいえることだが、恋愛もまたしかりで、どんな女性も一長一短であり、完璧な恋愛はありえない、といった結論を導く。

 式部丞はインテリすぎる女性はいっしょにいると疲れる、といった話をする。

 一番若い (と思われる) 光源氏は独自の女性論を語らない。頭中将も光源氏にはふらない。

 この巻の後半部では、光源氏が「中の品」にアプローチする話が語られる。

 『源氏物語』は、英訳では The Tale of Genji という。英訳したのは、上代日本語や古代中国語に通じ、『老子道徳経』や『西遊記』も英訳したウェイリー (Arthur Waley, 1889-1966) である。

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Tuesday, July 24, 2012

桃源郷とユートピア

桃源郷は東晋の詩人陶淵明 (365-427) による『桃花源郷』から。漁師が舟で沢を上っていくと、桃の花が咲き誇る仙境に辿り着く。そこから更に進むと、微笑みを絶やさず働く豊かな人々が暮らしている。漁師は歓待されいろいろと話をする。そこに住む人々は秦の時代に始皇帝の圧政を逃れて山に住みついた人々の末裔であった。人々は数百年もの間、外界との交渉を一切断って生活していた。漁師は数日を桃源郷で楽しく過ごして元の土地に帰った。世間の人々は桃源郷の噂を聞いて探しに出掛けたが、誰も辿り着けなかった。

それから千年ほどが過ぎると、英国にも桃源郷は出現する。ユートピア (Utopia) はモア (Sir Thomas More, 1478 - 1516) の十六世紀の小説『ユートピア』から。ギリシャ語 οὐ “not” τόπος “place” から作った言葉で、字義は「どこにもない場所」 モアはその島が赤道の南にあるとし、人々は自然に則って暮らしている。モア自身はカトリック教徒で、英国国教会を打ち立てたヘンリー八世と対立し、ロンドン塔に幽閉され、処刑された。

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陶淵明

Saturday, June 30, 2012

江戸っ子気質

『粋に暮らす言葉』(杉浦日向子著) は、著者の生前の著作から名言を集めた本で、江戸に暮らした粋な人たちの気質を紹介している。

この本の通りなら、江戸っ子はおおらかで、楽天的で、ユーモラスで、どこか刹那的である。構成は、見出しと一文のセットで、一頁を成している。

学術的な研究ではないが、手軽に読めて楽しめる。


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Wednesday, May 23, 2012

バスクの始祖

スク人について坂口安吾の短編小説『風博士』には面白いことが書いてあった。短い小説は集中力が途切れない分、読者にはありがたいものである。

この小説に出てくる風博士と蛸博士は犬猿の間柄であり、壮絶な確執の闘争を繰り広げてきたらしい。風博士の遺書によると、「四十八年以前より禿げてゐた」蛸博士は「余の戸口に Banana の皮を撒布し余の殺害を企てた」ことのある非道な人物である。この蛸博士が風博士の学説を一笑に付したことが風博士の自殺の原因である。学説を否定されたぐらいの、はたから見るとどうでもいいささいなことで死んでしまうのは、人間の悲しい性である。

風博士の言い分はこうである。
諸君は南欧の小部落バスクを認識せらるるであらうか? 仏蘭西、西班牙 (スペイン) 両国の国境をなすピレネエ山脈を、やや仏蘭西に降る時、諸君は小部落バスクに逢着するのである。この珍奇なる部落は、人種、風俗、言語に於て西欧の全人種に隔絶し、実に地球の半廻転を試みてのち、極東じやぽん国にいたつて初めて著しき類似を見出すのである。これ余の研究完成することなくしては、地球の怪談として深く諸氏の心胆を寒からしめたに相違ない。而して諸君安んぜよ、余の研究は完成し、世界平和に偉大なる貢献を与へたのである。見給へ、源義経は成吉思可汗 (ジンギスカン) となつたのである。成吉思可汗は欧洲を侵略し、西班牙に至つてその消息を失ふたのである。然り、義経及びその一党はピレネエ山中最も気候の温順なる所に老後の隠栖を卜したのである。之即ちバスク開闢の歴史である。しかるに嗚乎、かの無礼なる蛸博士は不遜千万にも余の偉大なる業績に異論を説 (とな) へたのである。彼は曰く、蒙古の欧洲侵略は成吉思可汗の後継者太宗の事蹟にかかり、成吉思可汗の死後十年の後に当る、と。実に何たる愚論浅識であらうか。失はれたる歴史に於て、単なる十年が何である乎! 実にこれ歴史の幽玄を冒涜するも甚しいではないか。
それにしてもこの小説に記されているのは、人間のおそるべき怨念である。文体が滑稽な分だけ余計不気味さを醸し出している。「憎むべき」蛸博士は、インフルエンザにかかってしまうのだ。今でもお年寄りなど体の弱っている人はインフルエンザで亡くなってしまうが、坂口安吾の時代は今以上にもっと恐ろしい病気だったに違いない。
青空文庫

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