Tuesday, February 05, 2013

地図にない街

 人生に絶望しきって、辞令や空っぽの蟇口など、ポケットの中身を池に投げ込んだ寺内氏はホームレスらしき老人に出会う。老人はなんでもくれたし、都会で生きる術も教えてくれた。バナナ、煙草、風呂、寝床、着るもの、お金、食事、床屋・・・ 最後に老人から頂戴したものは、板塀ばかしがうねうねとつづく通りの袋小路の板塀の向こうに住む女性であった。寺内氏はその女性と懇ろに過ごした。

 これが橋本五郎の短編小説『地図にない街』のストーリーの真ん中部分である。この部分だけとれば、シェヘラザードが喜んで千夜一夜に組み込みそうなファンタジックなハッピーエンドの物語なのだが、『地図にない街』には頭と尻尾がついている。

 寺内氏がすでに亡くなっていることは冒頭で語られる。そして、小説のおしまいには、その自殺の真相が語られる。作者は、一人の若者を手玉にとって望みのものを得た老人の心象風景については語っていない。

 『地図にない街』は、光が当たるところがあれば、影もできるといったことを示している作品だと感じる。

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