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Monday, November 27, 2006

tragedy

 古典ギリシャ語「山羊の歌 (tragoidia, or goat song)」から。命名に関して、一般には次の二つの説明がある。劇を演ずる役者が山羊皮の衣裳を身に着けていたから、という説と、もう一つは、紀元前一世紀のローマの詩人ホラティウス (Horace) が『詩論 (Ars Poetica)』に書きのこしたもので、合唱 コンテストの優勝賞品が山羊だったからという説である。
 「山羊の歌」は古代ギリシャの酒の神ディオニュソスの信仰と関係がある。(See Dionysus) ディオニュソスは、山羊をはじめとして、様々な獣として顕現するが、その思想は動物を神と見なす原始宗教の名残であろう。アイヌ人も熊をはじめとして、主に食用となる動物や魚類を神と見なしていたから、原始宗教には共通の発想があるのかもしれない。田舎のディオニュソス祭やアンテステリア祭には行列があったが、「山羊の歌」はそこから発展したものなのかもしれない。行列で人々は山羊、あるいは、鹿などの皮を身に、仮面を顔につけ、祭のご馳走 --- 「ご馳走」といっても生のまま食していたようだが --- となる獣を神と見なし、自分たちを従者と見なしていたにちがいない。アンテステリア祭の進化した形式である大ディオニシアにおいて演劇となった「山羊の歌」の最初期の形態は、一人の主役と十二人の合唱団 (コロス) によって行われていた催し物であった。大ディオニシアで主役に従うコロスは半人半獣のサテュロス (Satyr) だったのだろう。サテュロスは、後世には概ね繁殖力のある山羊の姿で表現されているから、オリジナルも山羊の姿であったのだろう。唄、仮面、宗教色といったキーワードで「山羊の歌」は日本の能と繋がるものがある。
 ディオニュソスは、誕生秘話自体が「山羊の歌 (ie 悲劇)」 であった。母親のセメレは、知りたいという欲求、自分が自分であることを全うしようとした運命によって、破滅した。(See Dionysus) 知識欲が人間に害をもたらすというのは、聖書と類型の発想である。
 紀元前五世紀のアテナイの劇は、一週間あったお祭りの期間のうち、四日目から六日目までの三日間が公演日であり、一日につき、同一作者による四作ずつの劇を演じるならわしがあった。四作のうちはじめの三作は、「山羊の歌」で、とりを飾っていたのが、滑稽なサテュロス劇 (satyr play) である。「山羊の歌」には大団円の劇もあったようだが、(おそらく、時代が進むにしたがい、) 主人公の深刻な運命を描くようになっていった。一対十二の合唱形式を二対十二にし、役者二人の対話を中心に物語が進行する形態に仕立て上げたのは、アイスキュロス (Aeschylus, 525-456 BC) である。アイスキュロスはまた、三部作 (trilogy) 上演法を確立させてもいる。
 「山羊の歌」を催す劇場は、当初、アッティカ (Attica) 地方のディオニュソスの神殿に隣接していたが、次第にアテネ人は植民地にも劇場を建設していった。古代の劇場関連用語は、姿を変えて現代英語になっている。「オーケストラ (orchestra)」は、そもそも悲劇の合唱団 (コロス) が歌ったり演じたりする舞台前の円形 (劇場によってはほぼ半円) の舞踏場オルケストラ (orkhestra) のことであった。「シアター (theater)」はギリシャ語ではテアトロン (theatron) であるが、オルケストラを扇状に囲む観客席のことを指していた。石でできている収容力一万四千人以上の観客席は、内側が低く、外側にいくほど高くなるという、現代のスポーツ競技場でも採用されている形に建造されていた。「シーン (scene)」は、演出の準備をする小屋 (楽屋) を指すスケネー (skene) からきた言葉である。
 「コーラス (chorus)」は、オルケストラで踊ったり歌ったりする十二人の舞唱団コロス (khoros) に由来している。コロスは、精神的・思想的・宗教的背景を歌ったり、二派に分かれて、交互に対立する感情を歌ったり、団長が代表で舞台上の主人公と歌で対話を交わしたりすることもあった。
 役者やコロスの面々は仮面を付けて劇を演じるのだが、時代が進むに従って役者の数は増えていった。演じるのは男だけで、一人の役者が仮面や衣裳を取り替えて、一つの劇で数役演じるのが普通だった。二人の役者を三人に、十二人のコロスを十五人に増やしたのはソポクレス (Sophocles, c496 - 406 BC) である。ソポクレスの例から考えるに、戯作者は脚本家であると同時に、演出家でもあった。
 「人間の苦難において、著しいのは運命のあるがままの暴政である (Of all human ills, greatest is fortune's wayward tyranny.)」とソポクレスは『アイアス (Ajax)』に書いているが、詩人たちは、現実の鏡となる「山羊の歌」において、主人公に過酷な運命を背負わせている。
 ソポクレス作の『オイディプス王 (Oedipus the King)』は、一本まるまる現存している。この物語は、舞台がテバイ (Thebes) の王宮、劇中の時間の経過が一日に限定されていて、ストーリー展開が緊張感を漲らせていることから、アリストテレスが悲劇の模範としたものである。幕が上がると --- とはいえ、古代の劇場に幕はなかったが --- つまり、劇がはじまると、まずテバイの悲惨な国状の説明がある。(英訳版は Project Gutenberg所蔵、 F. Storr の1912年版)


PRIEST:
A blight is on our harvest in the ear,
A blight upon the grazing flocks and herds,
A blight on wives in travail...
司祭
不吉な呪いが麦穂の収穫を襲い、
草を食 (は) む家畜の群を次々に襲い、
出産する女たちにも降りかかっています・・・


 そこに、アポロン (Apollo) のお告げ携えて、デルポイ (Delphi) からクレオンが帰って来る。


CREON
Banishment, or the shedding blood for blood.
This stain of blood makes shipwreck of our state.
クレオン
流刑、若しくは、流血には流血を、とのこと。
この血の染みこそ我が国の災いなのでございます。


 オイディプスが一つ一つ質問して、先王ライオス (Laius) が殺害されたこと、その下手人が未だに裁かれていないこと、捜査を妨げたのはスピンクス(Sphinx) が現れて、謎かけの呪いをかけたからだということが判明していく。スピンクスの謎かけを解いたのはほかでもないオイディプス自身である。オイディプスがライオス王亡き後のテバイの王になれたのは、スピンクス退治の功績によるものだった。スピンクスの謎かけ自体は劇中に登場しないが、当時の観劇者たちは誰でもそのなぞなぞと答えを知っていただろう。でなければ、同時上演のサテュロス劇で明らかにされいたにちがいない。ともかくソポクレスは、観劇者たちが知っているか、あるいは、知り得るエピソードを語らず想起させるだけに留めるという手法によって、メインプロットの緊張感を高めていく。オイディプスは先王を殺害した犯人を捕まえると決意する。
 オイディプスがクレオンに頼んで呼び出した盲目の予言者テイレシアスが舞台上に現れても、王の要請には応じずに、「知っていることは口に出せない」という。なぜなら、秘密を明かすことは己の不幸となり、それが即、王の不幸となるからである。


TEIRESIAS
Thou blam'st my mood and seest not thine own
Wherewith thou art mated...
テイレシアス
陛下はわたしの意向を責め立てますが、
ご自身を追い詰めているご意向をご存じないのです。


 この予言者の台詞は、デルポイの信託所に掲げられていた「汝自身を知れ (Gnothi Seauton, or Know Thyself) を想起させる。予言者の態度 (mood) に激怒したオイディプスは「お前こそ先王謀殺一味の仲間であろう」とまでいう。すると、予言者は王に真犯人が誰なのかを伝える。


TEIRESIAS
...Thou art the man,
Thou the accursed polluter of this land.
テイレシアス
・・・陛下こそその人物。
この国をけがしている呪われし者。


 当然、王は予言者の言葉を受け入れないが、予言者は怯まない。


TEIRESIAS
Must I say more to aggravate thy rage?
テイレシアス
激怒を増しますこと、承知の上で
申し上げなければならないことが他にもございます。

OEDIPUS
Say all thou wilt; it will be but waste of breath.
オイディプス
思う存分申せばよかろう。
どうせ息の無駄遣いになるばかり。

TEIRESIAS
I say thou livest with thy nearest kin
In infamy, unwitting in thy shame.
テイレシアス
それでは申し上げますが、陛下は、破廉恥にも、
羞恥の呵責もなく、近親者とめおとになられておられます。

OEDIPUS
Think'st thou for aye unscathed to wag thy tongue?
オイディプス
好き放題ほざきおって、ただでは済まんぞ。

TEIRESIAS
Yea, if the might of truth can aught prevail.
テイレシアス
結構でしょう、真実の力に勝るものがあろうものなら。

OEDIPUS
With other men, but not with thee, for thou
In ear, wit, eye, in everything art blind.
オイディプス
お前など、お前以外の誰が見ても、
耳も、目も、知惠も働かない、完全な不具にすぎぬわ。

TEIRESIAS
Poor fool to utter gibes at me which all
Here present will cast back on thee ere long.
テイレシアス
なんと哀れな、わたしに対するあざけりは、
間もなく、ここに集うみなの口から
そのままご自身へと浴びせられることになるでしょう。

OEDIPUS
Offspring of endless Night, thou hast no power
O'er me or any man who sees the sun.
オイディプス
終わりなき夜の倅よ、お前の力など
余に対しても太陽を目にしている
他の者たちに対して、無力なのだ。

TEIRESIAS
No, for thy weird is not to fall by me.
I leave to Apollo what concerns the god.
テイレシアス
まこと力はありません。陛下の数奇な運命はわたしによって
もたらされるのではありません。アポロンの御心は
かの神にお任せしています。

OEDIPUS
Is this a plot of Creon, or thine own?
オイディプス
クレオンの企みだな。でなければ、お前自らの企みだ。

TEIRESIAS
Not Creon, thou thyself art thine own bane.
テイレシアス
クレオン様のお企みではなく、
陛下御自らが御自らの災いの源なのです。


 このエピソードは様々な点で注目に値する。第一に、古代アテネ人にとっては真実が絶対的基準であったこと、第二に、真実が絶対的基準にもかかわらず、地上の出来事は天上界に支配されていること、そして、第三に、己を知ることが己の破滅に繋がるという否定的人生観があったことである。もし、己を傷つけられるのは己だけであるという因果応報論にも通じる自己否定観が、社会のメンタリティーとして定着していなかったら、この劇は評価されず、作者亡き後はすぐに散逸して、後世に遺らなかっただろう。そして、真実が絶対的基準でなかったら、古代ギリシャに科学に対する関心と興味は興らなかっただろう。また、ソポクレス亡き後の数世紀後に発生するストア学派の思想は、すでにこの頃からあったといってもいい。ストア学派は謙虚さを推奨したが、更に数世紀後のイエスはそれを踏襲し、「偉くありたい者は仕える身となりなさい」(マタイ二十章二十五節参照) と言った。己自身を知る者は謙虚である。オイディプスのストーリーが世界の遺産となったのは、物珍しい深遠さによるものではなく、人間精神を映す鏡だからだろう。
 劇が進行していくと、オイディプスは、自分が実父とは知らずに実父を殺害し、実母とは知らずに実母と結婚したことを、自ら見出すことになる。ある一つの考え方によれば、オイディプスは、生まれたばかりの赤児であった自分を棄てた実の父親に憎悪をぶつけて自己弁護してもよさそうなものだが、そうはしない。この劇が感動を誘うのは、オイディプスが高潔だからである。"山羊の歌"の一途な主人公は高潔であったり、純粋であったりするがために破滅していく。
 以上、三大"山羊の歌"作家のうち、ソポクレスの『オイディプス王』を見てみたが、そこに描かれているのは、人が「自分で自分の目玉をくり抜くことになる (自分で自分の首を絞めることになる)」不幸である。最初に誰が訳したかはわからないけれども、これを和訳語では「悲劇」と表現する。英語では十四世紀初出で、当初は古代ギリシャの「山羊の歌」のようなドラマを指していたが、十六世紀に入ると現実に発生した「惨事、災難 (a disaster)」の意味を生み出した。語義「現実の悲惨な出来事、不幸な状況」は、悲劇と現実の惨事が重なるアナロジーで成立した。一口に「悲劇」といっても、様々なレベルがあり、突発的に甚大な被害をもたらす天災、事故、犯罪といったものから、個人的な不運・不遇までを指す。


The amazing thing is that though we cannot stop the ravages of nature we have certainly been able to minimize the tragedy associated with these violent weather events.
自然の猛威を止めることはできないにせよ、天災が引き起こす惨事を確実に最小限におさえられるようになったことは、素晴らしいことである。

How much do you know about the 9-11 tragedy?
9-11の悲劇についてどれくらい知っていますか。

Every reader could relate a tragedy that occurred
directly because of the use of alcohol.
読者各位は飲酒が直接の原因となって起きた悲劇をご存知でしょう。

All women become like their mothers. That is their tragedy.
< Oscar Wilde >
女は必ず母親に似る。それが女の悲劇である。

This world is a comedy to those that think, a tragedy to those that feel.
< Horace Walpole, letter to Anne, Countess of Upper Ossory, August 16, 1776 >
この世は、考える者にとっては喜劇であり、感じる者にとっては悲劇なのです。


 形容詞は tragic、「悲劇作者、悲劇俳優」は tragidian、「悲劇女優」は tragedienne、「悲喜劇」は tragicomedy という。「悲劇の研究 (the study of tragedy)」といった用法の tragedy は、個別の劇を指すのではなく、演劇の一分野 (a genre) としての「悲劇」を指す。


tragedy
[Middle English, borrowed from French, from Latin, borrowed from Greek tragoidia "goat song" (tragos "goat" & oide (See ode)). Why so called is uncertain. The "goat song" may have been originally a procession of the Dionysian ritual in the prehistorical times, which people pretended to be Satyrs, the attendants of Dionysus (an animal sacrifice, probably especially a goat,) wearing goat-skin garments and masks, drinking, singing and dancing. In the 5th c. BC, most of the "goat songs" in the Great Dionysia in Athens were the unhappy-ending plays, and the word was thus defined as so. The extended sense "really-happened. or really-happening, sorrowful event; unfortunate situation; disaster, " first recorded in the 16th c. in English, was formed by analogy.]

Wednesday, November 22, 2006

palinode

 「以前の詩を撤回する詩、改詠詩、改める歌 (a poem or song retracting something in a previously written one)」が英語の初義。初出は十六世紀末で、「前言撤回 (a recantation)」の意味に派生した。

 

The earlier Greek poet Stesichorus was struck blind after writing poems that disparaged Helen, the wife of Menelaus. As the myth goes, it was only after Stesichorus retracted his insults against Helen in another poem, Palinode, that his eyesight returned.
 古代ギリシャ初期の詩人ステシコロスは、メネラオスの妻であるヘレネを貶す詩を書いた後に失明した。伝説によると、その後に書いた改詠詩で、ヘレネに対する誹りを取り消しただけで、ステシコロスの視力は回復したのだという。

 この単語を構成している要素はギリシャ語の palin 「再び、戻って」と aoide「詩、歌」である。前半の要素を有する単語には「書いたり消したりできる紙、羊皮紙 ( palimpsest)」や「回文 (palindrome)」や「輪廻転生 (palingenesis)」がある。

palinode
[16th c., borrowed from Late Latin, borrowed from Greek palinoidia (palin "again, back" & oide (See ode )]


See ode

Friday, October 20, 2006

rhapsody

rhapsody
 十六世紀の英語初出例の意味は「一度に朗誦するのに適した形式の詩歌 (an epic poem weaven to be suitable for recitation at one time)」である。ギリシャ語の「縫う (rhaptein)」と「歌 (oide)」の合成語。古代ギリシャでは、叙事詩の「読誦する人、歌い手」を指す語から発展してきたものである。
 rhaptein の原語は *wrapye- で、リトアニア語の「ふるわす、ふるえる (virpeti)」や「まわす、まわる (verpti)」と同系であり、これらの単語は印欧祖語の「まげる、まがる (*werp-)」に由来している。日本語でも歌い方を表現するときには、「節をまわす」 といったり、「声をふるわせる」というから、発想が似ている。
 ギリシャ語をラテン語に借入したのは、キケロの友人であったローマ人伝記作家ネポースであり、直接的にはホメロスの『イリアス』と『オデュッセイア』を指して、「ラプソーディア」と表現した。
 英意「熱狂的な表現・言辞 (enthusiastic or extravagant express or speech)」は十七世紀からで、「カバラ的散文による熱狂詩 (a rhapsody in cabbalistic prose)」などと使う。この意味が成立したのは、おそらく、詩を朗誦したり、本を朗読したりする人がときに感情移入しすぎていて、はたから見ればおかしいからであろう。
 クラシック用語「狂詩曲 (a musical composition based on the national folk melodies or extravagant tunefulness)」は、十九世紀初出で、「ルーマニア狂詩曲 (Rumanian Rhapsody)」、「リストのハンガリー狂詩曲 (a Liszt Hungerian Rhapsody)」などと用いる。この意味は「熱狂的言辞」を音楽の題目に転注したものである。

rhapsody
[16th c., borrowed from Latin rhapsodia, which had been first recorded in reference to Iliad and Odyssey in a biography of Homer by Cornelius Nepos (1st c. BC); borrowed from Greek rhapsoidia "verse composition," a derivative of rhapsoidos "reciter," made of rhaptein "to stitch" & oide "song." The sense "enthusiastic express" appeared in the 17th c. that might have been formed in association with the sense "enthusiastic recitation of poems or stories." Rhapsody for a music title, which appeared in the 19th c., is a derivative use. Learn more at ode]


Thursday, October 05, 2006

parody

parody

 「滑稽な模倣、捩り、パロディー (a humorous imitation or spoof)」は、十六世紀末に刊行されたジョンソンの著作に、ラテン語から借用された初出例がある。以来、様々な統語が成され、フレーズ、詩、歌、劇、オペラ、映画、ドラマ、キャラクター、実在の人物、実話、絵画、音楽、家具、理想、哲学、宗教などについていうが、要するに、上手下手はともかくして、作為によっておかしみを醸し出すように模倣されたものをいう。para- は、「比する、平行している (beside; parallel to)」で、ode はそもそも「詩歌 (a poem or song)」であるから、ギリシャ語の原義は「詩歌に平行・並列の (もの)」である。(→屈折文法語では、冠詞と結びついた形容詞は名詞化する法則がある)


The terms parody and satire are sometimes, though incorrectly, used synonymously.
パロディーと諷刺は、正しいとはいえないが、時には類語として扱われている。

a parody of a parody.
捩りの捩り。


 十九世紀から発生した意味に、「下手な真似、形だけの模造品 (a feeble imitation)」がある。


a terrible parody of the Beatles song...
ビートルズの歌のとんでもないパクリ。


 melody と異なり、parody は十八世紀に動詞化して「模倣する、捩る、真似する (to make a parody or imitation of)」の意味となった。


Aristophanes parodied Euripides.
アリストファネスはエウリピデスを模倣した。


 パロディーを作る人を parodist というが、これは十八世紀にフランス語から借用されたものである。

parody
[16th c.: first recorded in Ben Johnson's Every Man in His Homour (published, 1598), borrowed from Latin, borrowed from Greek paroidia "burlesque poem or song" . Learn more at para- & ode.]

Sunday, October 01, 2006

melodious

melodious
 「旋律の、メロディーの (of or having a melody)」から、「聴く者にとって心地よい (sweet or pleasing for listeners)」になった。


She has a melodious and charming voice. She herself is beautiful, and her verses are melodious and charming too, even her last name is melodious.
彼女の声は魅力的で、とっても素敵。美人だし、詩だって、素敵で魅力的だし、名字までとっても素敵な響きなの。


 -ous は「満ちている ( full of )」で、形容詞を作る接尾辞。性質を示す名詞は「心地よい音色 (melodiousness)」、副詞は「心地よい音を出しつつ (melodiously)」である。


There is melodiousness in sea waves.
海の波には音楽的な響きがある。

The blackbird sang melodiously.
鶫が気持ちよい声でさえずっていた。



melodious
[Middle English, borrowed from Old French. See also melody.]

Thursday, September 14, 2006

melody

melody

代ギリシャ語原義は「人の声 (言葉) の一連の音程変化 ( tune or a musical arrangement of words; song )」であろう。古代ギリシャ語はピッチアクセントだったので、言葉 (歌詞・詩歌) と歌 (節、旋律) には密接な関係があったとされている。

...the musical notes represent a kind of recitative, or imitation of spoken words, rather than a melody in a proper sense of the term.
< David Binning Monro, The Modes of Ancient Greek Music, 2005 >
この一連の音符は、メロディーという用語自体の本来の意味ではなく、叙唱の一種、あるいは、話し言葉の模倣を示しているのである。

英語の最頻出語義は「旋律 (tune)」であるが、人間の声が醸し出すものばかりではなく、器楽曲における楽器の主旋律のことでもある。「甘い調べ (sweet music)」という意味は、十四世紀、「旋律」にやや遅れてチョーサーの著作 ( The Book of the Duchess )に初出例がある。

語源の前半部であるギリシャ語の melos は謎めいた単語で、手元の希英・英希辞典によれば、
1. limb.
2. member.
3. melody
であり、研究社の『英語語源辞典』の解説では、印欧祖語 *mel- "limb" (?付き) に由来している。英単語 foot には「詩脚 (a metrical unit of a verse)」の意味があるから、連想上、繋がりがある (日本語の「詩脚」は翻訳借用)。melo- を含む単語には「メロドラマ ( melodrama )」などがある。

古英語期に歌や音楽がなかったのかといえば、さにあらず、dream の先祖がそれに相当する単語であった。dream には、「歓び、音楽、メロディー」の意味があったのである。

melody
[Middle English, borrowed from French or Latin, borrowed from Greek meloidia "chant, song", from meloidos "musical", from melos "song, music" & oide "ode". Learn more at ode.]

Monday, September 04, 2006

comedy

comedy

 チョーサーの中英語の初義は「喜劇 (an amusing, humorous, and usually satirical play with a happy ending)」。現代英語の引伸義は「笑いを誘う創作物、出来事 ( a creation, incident or series of incidents that causes laughter)」で、今日では、映画や。ラジオやテレビの番組、日常の出来事にも用いられている。ギリシャ語で「はしゃぎ浮かれる歌い手」からできた語だとされ、「歌い手」は「頌歌 (ode)」と同源である。


According to Aristotle in his poetics, comedy was originally performed in Athens by "volunteers" rather than professional actors in a state-sponsored contest.
アリストテレスの『詩学』によれば、アテネの喜劇はもともと、都市国家が開催するコンテストで、専門職の俳優たちによってではなく、「自主参加の素人たち」によって演じられていたのだという。


 『詩学』においてアリストテレスは、komos を「田舎の村 ( kome "rural village" )」、あるいは、「はしゃぎ回る酔っぱらいの一団 ( komos "a drunken band of revelers" )」からきた言葉だとしている。

comedy
[Middle English, borrowed from Old French, from Latin, borrowed from Greek komoidia, from komoidos "comedian," from komos "revel" & aoidos "singer": learn more at ode.]

Friday, September 01, 2006

ode

ode

オード、頌歌、歌詞 (a lyric poem celebrating a person, event, etc.; or lyric, poem one can sing)。



 PIE: *(a)wed-, *(a)wod-, *ud- "to speak."
 English cognates:
 Hellenic --- ode, comedy, melody, palinode, parody, rhapsody, tragedy, etc.. They all are from Greek aoide (Attic: oide ) "song, ode," from aeidein "to sing."
 Indo-Iranian --- Theraveda; -veda is from Sanskrit vadah "sound, statement."
 祖語の和訳語: 「話す、喋る、言葉を口にする」
 Other Cognates:
 Greek: aude "voice, tone, sound"
 Lithuanian: vadinti "to call, name"
 Sanskrit: vadati "he speaks, sings"
 Tocharian A & B: wätk- "to command"



 この単語はギリシャ語から後記ラテン語に借入されて、フランス語となった後に、英語に借入された。初出は十六世紀。英詩人は作品のタイトルにこの単語を用いることが多い。例えば、グレイ (Thomas Gray, 1716-71) は、一七四七年に友人の猫が死んだとき、オードを詠んだが、そのタイトルは『金魚鉢で溺れた愛猫の死を悼んで ( Ode on the Death of a Favourite Cat, Drowned in a Tub of Gold Fishes )』である。

ode
[16th c., borrowed from French, from Late Latin, borrowed from Greek.]

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