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Tuesday, December 17, 2013

かぼちゃ

かぼちゃの語源は国名のカンボジア。カンボジアはボルトガル語で Camboja であり、それが日本語になった。この野菜が日本に伝来した時、日本人のほとんどはカンボジアのことを知らなかったので、南瓜の漢字を充てたのだろう。実は秋、花は夏の季語。別名は唐茄子。かぼちゃは唐から来たものでもないし、茄子でもないが、現代の落語家は古典を語る際、かぼちゃを唐茄子と表現する。江戸時代には唐茄子が庶民の通用語だったのかもしれない。

 南瓜は英語で squash という。米国では pumpkin と呼ばれる外皮がオレンジ色の種類を squash とは区別する。日本に入ってきた外来語としてはパンプキンの方が圧倒的に優勢なので、「英語で南瓜は pumpkin」が日本に定着した。

 パンプキンはハロウィーンのジャック・O・ランタンを作る材料である。

 ポルトガル語には abóbora という言葉があり、 pumpkin と squash の両方を意味する。

 squash は瓜や瓢箪 (gourd) の仲間で、ズッキーニを指すこともある。

 ネイティブ・アメリカンのヒダーツァ族 (Hidatsa) はバッファローの肩甲骨で南瓜包丁  (squash knife) なるものを作っていた。

瓜・瓢箪に関する言葉
→ゴーヤ
→瓢箪から駒
→河豚 (ふくべ = ひょうたん)


Saturday, December 01, 2012

師走

師走の師は「学校の先生」という説があるが、それはありえない。師走は日本に学校制度が確立される前からある言葉であり、たとえば、芭蕉の俳句にも師走の字は使われている。
雪と雪今宵師走の名月か
 平安末期の「色葉字類抄 (いろはじるいしょう)」は、お師匠様が忙しく東奔西走する月なので師走というと解説している。お師匠様とは僧侶のことで、年末には先祖の霊を祀る為にお経を上げる為、お坊さんは檀家まわりをしていた。しかし、この師走は当て字で、万葉集の十二月は慣用的に「しはす」と読むことから、語源は更に古いと考えるのが妥当。巻八の一六四八の紀少鹿女郎(きのをしかのいらつめ)の歌に十二月 (しはす) は出て来る。
十二月には沫雪 (あわゆき) 降ると知らねかも梅の花咲く含 (ふふ) めらずして
 「(陰暦の) 十二月 (しはす) にあわ雪がふるとも知らず、梅が咲いている。つぼみのままでいないで」

 ちなみに十二月は現代北京語では shí èr yuè と発音する。

 ほかに、年果つを源とする説、四季果つを源とする説、為 (し) 果つを源とする説などがあるが、どれもこじつけめいていて疑問。

 太陽暦の十二月は英語では December という。これはラテン語の decem 「十」と関係がある。「十月」が「十二月」になったのは、古代ローマのロムルス暦には、現在の暦の一月と二月がなかったためである。

Tuesday, November 06, 2012

けりを付ける

けりは和歌や俳句で文末によく用いられる助動詞。~けり、とよんで終わることから、けりを付けるは「終わる、決着する」ことの意味になった。古語けりはそもそも、く (来) の連用形きに、ありが結合されてできた助動詞で、『竹取物語』や『万葉集』の時代から、文末に置かれる終止形 (原形) の用例は無数にある。


→俳句

Thursday, November 01, 2012

俳句

俳句は子規の造語。誹諧の発句を略して俳句と称する。明治二十八 (1895) 年、子規が新聞『日本』に投じた「俳諧大要」に初めて登場した。英語でも、十九世紀末の文献には haikai や hokku と記されていたが、しだいに haiku という呼び名が定着していった。
 俳句は季節を感じさせる自然の風物を表現する季語が入っていることが条件の、通例、十七音節から成る世界一短い定型詩である。古典化している作品は概ね大和言葉で作られている。

→棺桶はおれにぴったしだ。(子規が引用したすヒットランドのバラード0
→けりを付ける (俳句から生まれた言葉)
→野球 (子規ゆかりの言葉)


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