Monday, October 23, 2006

Indo-European

 印欧語族の比較言語学は、一七八六年二月二日にインドのカルカッタ(Calcutta) にあったアジア協会 (Asiatick Society) における、「オリエントの」ジョーンズこと、ウィリアム・ジョーンズ卿 (Sir Willian Jones) により発表され、今日ではいたるところで引用されている、研究成果に端を発している。


The Sanskrit language, whatever be its antiquity, is of a wonderful structure; more perfect than the Greek, more copious than the Latin, and more exquisitely refined than either, yet bearing to both of them a stronger affinity, both in the roots of verbs and in the forms of grammar, than could possibly have been produced by accident; so strong, indeed, that no philologer could examine them all three, without believing them to have sprung from some common source, which, perhaps, no longer exists.
梵語は、その古さが如何ようなものであれ、驚くべき構造を有しています。ギリシャ語よりも完璧で、ラテン語よりも豊富であり、いずれにもまして精巧であり、しかも、動詞の語根においても、文法の形式においても、太古に偶然できたとは思えないほどに、顕著な類似性を有していて、もはや、どんな言語学者であれ、今では、おそらく、もう存在していない、ある共通の源から発していることを信じずには、これら三つの言語の研究を行うことはできないでしょう。


 ラテン語からフランス語やイタリア語やスペイン語が生まれたことは、ヨーロッパでは、以前から知られていたので、梵語、ギリシャ語、ラテン語、そして、ジョーンズ卿がこの後に言及した他の言語、ペルシャ語やゴート語などを含めた比較研究が行われるようになった。
 一八一六年、ドイツの言語学者ボップ (Franz Bopp) が、梵語、ラテン語、ギリシャ語、ペルシャ語、ゲルマン語派の動詞の比較研究を発表 (On the system of conjugation of the Sanskrit language, in comparison with those of Greek, Latin, Persian, and Germanic)。一八一八年、デンマークのラスク (Rasmus Rask) が、ゲルマン語派とラテン語、ギリシャ語、スラブ語派、バルト諸国語の関係を探った研究を発表 (Investigation on the Origin of the Old Norse or Icelandic Language)。一八二二年、ドイツのグリム (Jacob Grimm) が、動詞活用の母音の変化 (ablaut: e.g. sing - sang- sung / drive-drove-driven) を扱った『ゲルマン語の文法 (Germanic Grammer)』第一巻第二刷を発表。グリムの研究成果によって、ラテン語の p- は、英語やドイツ語の f- (eg. pater - father - Vater) に対応し、ドイツ語の t- は、英語の d- (e.g. tun - do) に対応していることなどが判明した。比較言語学界では、これをグリムの法則 (Grimm's law) と呼ぶ。ゲルマン語派の音韻変化において、グリムの法則では説明しきれないものを補っているヴェルナーの法則 (Verner's law) もある。
 一八五〇年、ドイツのシュライヒャー (August Schleicher) が、アルバニア語を、一八七七年にはドイツのヒュプシュマン (Heinrich Hübschmann) が、アルメニア語を、それぞれ独立したブランチではあるものの、インド・ヨーロッパ語族に属すると発表。更にヒッタイトの粘土板が発掘され、フロズニー (Bedrich Hrozny) によって解読されると、アナトリア語派が、更に、中央アジアからトカラ語派の仏典が発掘されると、トカラ語派も印欧語族に入ると断定された。
 ダーウィニズムの影響を受け、印欧語族の系統樹理論 (Stammbaumtheorie in German: family-tree theory) の基礎を作成したのはシュライヒャーであり、図解された言葉の「家系図」は一八五三年に発表された。
 ほぼ百年がかりで、データの収集と分析に心血を注いだ無数の学者たちによって、遂に、比較言語学は「今では、おそらく、もう存在していない、ある共通の源」を理論上再建できるまでに成長したのである。そして、完成したのが、印欧祖語 (Proto Indo-European) である。
 残念ながら、その存在を確認できる考古学的資料は未だに発見されていないが、比較言語学者たちの多くは、その話者である民族が居住していたのは、紀元前四〇〇〇年頃から紀元前三〇〇〇年頃までの黒海北岸の平原地帯 (north steppe shore of the Black Sea)、つまり、現在のウクライナ (now, Ukraine) だと想定している。動植物は気候や環境によって異なるので、動植物に関する語彙を調べることによって、場所が特定できたのである。
 印欧語族 (Indo-European family of languages) は、アルバニア語派(Albanian)、アナトリア語派 (Anatolian)、アルメニア語派 (Armenian)、バルト語派 (Baltic / スラブとまとめて「スラブ・バルト」とすることもあり)、ケルト語派 (Celtic)、ゲルマン語派 (Germanic)、ヘレニック語派 (Hellenic / ギリシャ語)、インド・イラン語派 (Indo-Iranian / 二つを分けて数えることも)、イタリック語派 (Italic)、スラブ語派 (Slavonic / バルトと一緒にまとめることも)、トカラ語派 (Tocharian) によって構成されている。この語族に入る言語はどれも屈折文法で、名詞と形容詞の性・数・格の活用や動詞の法・時制・人称の活用を有している。
 比較言語学は文法の類似性と音韻対応を探って、国語Aと国語Bの血縁関係を調べる学問である。各単語の血縁関係には縦の繋がり、つまり、親言語から子言語に引き継がれた派生 (derivation) もあれば、横の繋がり、つまり、同時代の国語Aから国語Bに、国語Bの発音形式によって借用 (borrowing) されることもある。借用語が多いのと、血縁関係があるというのは別次元の話で、例えば、「アップル」、「ブラネット」、「トマト」、「カンガルー」、「コーヒー」、「カラオケ」、「タトゥー」などといった多数の単語で対応が見つかるからといって、日本語が西洋語と同語源かというと、そうはならない。それらの単語は、第一次資料、即ち、その国語で記されているテキスト (または、音声データ) で初出例を割り出し、その時代背景や言語的背景を再構築することによって、派生か、それとも、借入か、あるいは、その国語内の造語かが判明する。派生の立証には日常生活語彙における広範な音韻対応が認められなければならない。
 日本語と印欧語族の間には文法的差異も大きい。例えば、「馬が走る」という日本語文は、馬が一頭なのか、二頭以上の複数なのか明示しないが、英語では "a horse runs / horses run" で、二通りの言い回しがあり、一頭なのか、複数いるのかが明示される。このことは言語によるイメージ再現に差異をもたらす。明治三十一 (一八九八) 年、小泉八雲 (Lafcadio Hearn) は、「蛙」というエッセーを発表して、芭蕉の句「古池や蛙飛び込む水の音」を英訳しているが、八雲は、蛙が複数いて、ぽちゃんぽちゃんと次々に飛び込んでいくさまをイメージしている。


Old pond -- frogs jumped in -- sound of water.



 動詞の活用においても、日本語は後続の語の有無や性質によって機能的に活用するのに対して、英語には機能 (法や時制) のみならず、人称での活用もある。現代英語は孤立文法化が進んでいるので、直説法現在形単数の -s だけがのこっているが、古典を読むにはこの知識を持っておいた方が良い。例えば、古語の活用語尾 -st は、二人称単数用であった。


The forward violet thus did I chide:
Sweet thief, whence didst thou steal thy sweet that smells,
If not from my love's breath?
< W. Shakespeare, Sonnet (XCIX) >
こうして早咲きの菫にわたしは愚痴る
おしゃれの盗人よ、我が恋人の吐息でないなら、
お前はどこからその芳しさを取ってきたのだ。


 ドイツ語の Was tust du? (tust tun "to do" の直説法現在二人称単数形 / What do you do?) からも、英古語の -st がドイツ語と関わりがあることが推理できる。因みにドイツ語の三単現活用は、英古語の -th に対応している (e.g. er tut : he doth)。
 アナトリア語派内の二カ国語、象形文字ルウィ語とヒッタイト語の比較研究をすることは、資料も入手できないし、入手したところでまったく読めないので、筆者には不可能なことであるが、ドイツ語と英語の比較ならある程度までできる。ドイツ語には定形二位の法則として知られる文法があり、それは英文法にも投影されている。例えば、「補語 + 定形 + 主語」の文型がドイツ語にはあり、それに対応する英語の文型もある。


Nachts heulen die Wölfe. (C+V+S)
夜には吠える、狼たちが。(狼は夜吠える)

Here comes the circus. (C+V+S)
ここに来ている、サーカスが。(サーカスが来ている)


 英文の "quotation," says someone 式の文構造もドイツ語と同じである。


Er sagt, daß er nicht kommen kann.
彼は来れないと言っている。
(He says that he can't come.)


 上の独文の主動詞は sagt (sagen "to say" の三単現形) である。補足的に付け加えておかなければならないのは、従属文では、定形後置の法則があるということである。上の文の場合は、kann (kännen "can" のの三単現形) が、従属文の定形である。この文は次のように言い換えることができる。


Daß er nicht kommen kann, sagt er.



 従属文は主語 (上の文では er "he") と同じく一単位と数えるから、二番目には主動詞がくるのである。この倒置は間接話法でも用いられている。


"Ich kann nicht kommen," sagt er.
「私は行けない」と彼はいう。
("I can't come," says he.)



 英文では、says he の語順にしなければならないというルールはないけれども、語順を変えずに逐語訳するだけで、独文は英文になる。もちろん、すべての文型で語順が同じわけではないが、こういった一つ一つの発見が比較言語学の魅力であろう。
 「印欧 (Indo-European)」という比較言語学用語は、十九世紀初頭にドイツ語から借用されたものである。東はインドから西はヨーロッパまでの広い地域で話されている言語群のことであるが、ドイツの言語学者の一部は「インド・ゲルマン (Indo-Germanisch in German: Indo-Germanic) と呼ぶこともある。
 地球上の人類の言語はいくつかの語族に分類できるが、他の語族と異なり、印欧語族は徹底的に研究されている。このことは印欧語族諸言語の文字獲得率 (文字を有する言語数÷全言語数) が極めて高く (実際、文字がないのは、印欧祖語、ゲルマン祖語、俗ラテン語などの再建された言語だけであろう)、アーリア人の合理的発想と科学に対する好奇心の強さを示しているといえるだろう。印欧語族を含めた文字を持つ諸民族の諸文明と、文字を持たない諸民族の諸文明は、比較しなければならない。優劣を判断するためではなく、差異を把握するためである。
 主観的になろうがなるまいが、主題に関係があろうとなかろうと、ここに書いておきたいのは、文字を持たない「原始的な」民族の人が不幸だとは限らず、逆に、文字を持っている「文化的な」民族の人が幸福に暮らしているとは限らないということである。少なくとも、「原始的な」人々は、「文化的な」人々よりも好戦的ではない。地球上で、核がどうのこうの、全体主義がどうのこうの、経済制裁がどうのこうの、と騒いでいるのは、「文化的な」人々だけである。文字を持たない「原始的な」人々は、目の前に困っている人がいれば助けるし、怪しく危険な雰囲気だったら、警戒して近づかないようにするだけである。文字を有する民族にとって、黄金時代は遠い過去の出来事になってしまっているのである。

Indo-European
[19th c., borrowed from German.]

private note
Contents - Section 1: Indo-European
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Grimm's law
Verner's law
Tocharian
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