Sunday, April 13, 2014

入植政策

土拡張の方法のひとつに自民族を移住させる方法がある。イスラエルによるユダヤ人入植地の拡大政策や、中国が新疆ウィグル自治区やチベット自治区に対して行っている漢民族入植政策である。新大陸もほとんどこのような方法によって、最終的に全土がヨーロッパ諸民族のものとなった。とにかく土地は勝ってぶんどった方のものである。

スラブ系コサックとチュルク系ムスリムの対立は十七世紀から激しくなり、一七六八年にはロシアとオスマン・トルコの間で戦争が勃発した。露土戦争の末、一七七四年にタタール人のクリミア・ハン国を、ロシアはオスマン帝国から実質的に奪いとった。クリミアへのロシア人移民はこの頃から本格的になり、やがて、スラブ民族が多数派になっていった。十九世紀にはロシアの拡大政策とトルコの拡大政策が再度ぶつかり、クリミア戦争が勃発した。このとき英仏はトルコに加担してロシアを封じ込めた。黒海での戦いでロシアは地の利を活かしたが、英仏は技術・経済力で優っていた。

クリミアはソ連時代にウクライナに編入されたが、ウクライナはソ連崩壊とともに独立した。それ以降、クリミアのロシア系住民は不満を抱えていたという。おそらく親露派のヤヌコービッチ大統領の時代は、ウクライナ領内のロシア人も我慢できないほどの状況ではなかったのだろうが、ウクライナ人が私利私欲に走った親露派大統領に不満で追放すると、ロシア人たちの間にはにわかに不安がよぎってしまった。もちろん、ロシアのプーチン大統領がうまい具合に世論を操作したことは容易に想像できる。ロシア人住民の保護と称して、軍隊を派遣するやりかたは、かつてナチスがドイツ人保護と称してチェコに侵攻したやり方と似ている。今年三月十六日の住民投票でクリミアはロシアへの編入の是非を問う投票が行われたが、プーチンの思いどおりになることはわかっていた。ロシアは過去数世紀もの長い年月をかけてクリミアをロシア化してきたのである。

思えば、北方領土も似たような経緯でロシア化している。日本人からすると、ソ連は連合軍の圧倒的優位を確認後に日ソ不可侵条約を破棄して攻め込んできた悪の帝国ということになるが、スターリンからすれば、最初に不可侵条約を破ったのは日独同盟軍である、ということになるだろう。ソ連はどさくさにまぎれて北方四島を占領して、ロシア人を入植させてロシア化した。

近代史の領土拡大戦略をみていくと、有史以前のアーリア人も似たようなことをしていたのではなかろうかと想像されてくる。

アナトリア仮説
国境のない世界はありえるだろうか

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