Friday, August 31, 2012

Tree of Life

“He who knows he has enough is rich,” says Lao Tzu, ancient Chinese. About happiness, the ancient Jew tell us less briefly & more abstractly in a divine way. The two may have been vaguely linked via other nations through the ancient Silk Road. Proverbs 3:13 - 20 (KJV) reads:
Happy is the man that findeth wisdom, and the man that getteth understanding.
For the merchandise of it is better than the merchandise of silver, and the gain thereof than fine gold.
She is more precious than rubies: and all the things thou canst desire are not to be compared unto her.
Length of days is in her right hand; and in her left hand riches and honour.
Her ways are ways of pleasantness, and all her paths are peace.
She is a tree of life to them that lay hold upon her: and happy is every one that retaineth her.
The Lord by wisdom hath founded the earth; by understanding hath he established the heavens.
By his knowledge the depths are broken up, and the clouds drop down the dew.
「知足者富 (足るを知る者は富む)」と古代の中国人老子はいう。幸福について、古代ユダヤ人はさらに神聖に、遠回しに抽象的に語っている。両者はあいだの様々な民族を経て古代のシルクロードを通りかすかに繋がっていたのだろう。箴言第三章第十三節 - 二十節にはこう記されている。
知恵を見出す者、理解を得る者は幸せなり。
齎されるものは銀が齎すものよりも良く、その利益は純度の高い金に勝る。
ルビーよりも貴重であり、あなたが欲するどんなものも知恵に比するものなどない。
長寿は知恵の右手にあり、左手には富と名誉がある。
その道は喜びの道にして、道筋はどこも平和なり。
知恵は掴む者にとって命の木にして、保つ者は幸せなり。
主は知恵によって大地を設け、理解力をもって天を築いた。
その知識によって大地はさけて海となり、雲は露を滴らせる。

幸福の研究
Ask yourself whether you are happy...
eurous
Felicitas multos habet amicos

知足常楽



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Friday, August 24, 2012

Three Hours for Lunch Club

The Three Hours for Lunch Club was founded at New York in 1930s by Christopher Morley, who was an American novelist, essayist, poet, & an enthusiast of Sherlock Holmes, Shakespeare, & Faust. With his intention, the club had to be “immoral” & to “encourage a greedy and rambling humor in the young of both sexes.” They held their lunch parties anywhere, except for the places a club of New York celebrities, the Algonquin Round Table, chose. The witty fellows of Morley sometimes gathered at a railway station food counter. They always enjoyed eating good food, drinking shandygaff, smoking fine cigarettes, chatting, & joking, over the years. The merry, sociable club founder  once said:  
Cherish all your happy moments: they make a fine cushion for old age.

時間昼食倶楽部は、アメリカの小説家・随筆家・詩人で、シャーロック・ホームズとシェイクスピアとファウストの熱心な愛好家であったクリストファー・モーリーによって一九三〇年代にニューヨークで創設された。彼の意図によって、倶楽部は「不道徳」でなければならず、また、「がつがつしていてとりとめもないユーモアを男女双方の若者の間に盛り上げる」ところでなくてはならなかった。昼食会は、ニューヨークのセレブの集まりであるアルゴンキンの円卓が選ばないところなら、どこででも開かれていた。機智に富んだモーリーの仲間たちは時には駅のフードカウンターに集まっていた。長年、美食を楽しみ、シャンディーを飲み、うまい煙草を吸って、お喋りし、冗談を言い合って楽しんでいた。陽気で社交的な倶楽部の創設者はこんなことをいったことがある。
幸福なひとときは大切にせよ。年をとれば、良いクッションになる。
アマゾンにあるモーリー本










Tuesday, August 21, 2012

滄海の一粟

海の一粟 (いちぞく) は北宋の詩人蘇軾 (1036-1101) の『前赤壁賦』にある詩句。「人はあおい大海の一粒の粟にすぎない」と詠じたもの。この詩は蘇軾が黄州 (湖北省) に左遷されたときの作。ちなみにこの蘇軾が左遷された赤壁は長江の武漢の下流の北岸に位置し、三国志の有名な戦場の長江中流南岸の赤壁とは異なるところである。

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Das ist mein Bier

Das ist mein Bier

word-for-word translation
That (This) is my beer.

general translation
This is my problem.

逐語的邦訳
これは、です、わたしのビール。
→これはわたしのビールです。
(これはわたしの問題だ。)

イツ語のビールにまつわる奇妙な言い回し。自分の問題は自分でのまなければならぬということか。日本語だと、条件はのむが、問題はのまない。

指示代名詞 das は、遠近・単複両用で、「これは、それは、あれは」の意で、指示する名詞の性とも無関係に使う。Das weiß ich nicht 「それはわたしは知りません」のようにも使う。


飲食物に関する言葉

Sunday, August 19, 2012

Alles für die Katze

Es war alles für die Katze 

word-for-word translation
It was all for the cat.

general translation
All was vanity.

逐語的邦訳
すべて猫のためであった。
(すべて無駄であった。)

ドイツ語には、猫にまつわる奇妙な慣用句がある。みな猫の為であったという言い回しで、意味は、「すべて無駄であった」である。グリムの童話あたりを精読すると、由来が見つかるかもしれない。

アマゾンのドイツ語関連書
  
  
  

Friday, August 17, 2012

チャンプルー

沖縄のゴーヤーチャンプルーは、ゴーヤーと豆腐や豚肉などを混ぜ合わせて炒めた料理だが、このチャンプルーなるウチナーグチは、マレー語 campur 「まぜてある、まぜた (= mixed)」を語源としている。歴史的にみて沖縄は東南アジアと海洋路を通じて交流していた。マレーシアやインドネシアにはナシチャンプロー (nasi camploo) と呼ばれる料理がある。ナシは「ごはん (= rice)」のことで、ナシチャンプルはごはんに様々なおかずをのせたものである。

チャンプルーの発展義には「混成」があり、沖縄のチャンプルー文化などと使うことがある。この点でチャンプルーは英語の hodgepodge に似ている。

その一方で長崎のちゃんぽんと同系といった説もある。ちゃんぽんは麺の上に細々とした具材をいろいろとのせた料理である。日本の麺料理はひとつひとつの具材を混ぜないで小分けにのせることが多いと思う。たとえば、しょうゆラーメンはなると、メンマ、チャーシュー、海苔などが整然と麺の上にのっている。長崎のちゃんぽんのように一緒くたに混ぜた具材はめずらしいと思う。酒の飲み方のちゃんぽんは、いろいろな種類の酒を別個に、または、混ぜ合わせて飲むことで、この言い方は長崎のちゃんぽんが語源である。

ちゃんぽんは中国語から来たともいわれている。大陸の料理には混ぜ合わせたものが珍しくない。 (Càn = チャン) は動詞で「混ぜる (= to mix) ことである。この中国語とマレー語 campur との関係は不明。

(Chīfàn = チーファン / = ) は動詞で「食べる (= to eat)」ことだが、福建語では「チャンポン」に近い音らしい。饭了吗 (Chīfànlema = チーファンラマ ) は、「飯は食ったか」の意味で、挨拶に用いるフレーズである。

食べ物に関する言葉

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Thursday, August 16, 2012

バスク人と印欧族

スク人は周囲を印欧族に囲まれてなお言語的アイデンティティーを保った民族である。印欧族よりも早いうちからヨーロッパに居住した人たちであろうけれども、起源はわかっていない。バスク人の主要な生業は漁業・捕鯨であったという。古代の段階で、ローマ帝国はバスク人に自治を認めていたという記録がのこっている。

おそらくヨーロッパには、今となっては知られざる諸民族が暮らしていたのだが、バスク人はその中で生き残った民族のひとつなのであろう。紀元前三〇〇〇年代 (?) から印欧諸語を話す諸民族がじょじょに移住してきて、ケルト、ロマンス、ゲルマン、ギリシャ、アルバニア、スラブ、バルトといった印欧族が、ヨーロッパのほぼ全域を支配していくようになっていく。有史以降はフン族やイスラム勢などの侵入もあるが、基本的に、ヨーロッパは印欧諸族同士が、異なる民族間や、政治・宗教思想間で、互いに争い、土地や覇権を奪い合う歴史を作った。先住民は占領・同化の末にほとんどいなくなった。

バスクに言及した投稿
バスクの始祖 (坂口安吾の小説より)

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Sunday, August 12, 2012

雨夜の品定め

(あまよ) の品定めは紫式部 (937-1014) の『源氏物語』帚木巻が出典。帝の忌みの日が続いたある五月雨の夜、帰宅せずに泊まり込みしていた光源氏と頭中将 (とうのちゅうじょう)、左馬頭 (さまのかみ)、藤式部丞(とうしきぶのじょう)の四人が女性経験や女性論を語る。陰暦で言う五月雨は今日の梅雨の雨にあたる。

 の字は会意で、サイを三つ並べた形。サイは祝禱を収める器。それを三つ積んであるのは種々の祝禱を合わせて行うこと。転じて、等級や種類を示す字になった (: 品種品物品質)。モノのみならずヒトにも用い、出自・性分・性格・礼儀作法などについて言及する (: 人品が卑しい / 品格がある)。モノ・ヒトともに本質的な中身を暗示させる字で、品定めは中身・本質・natureを論じるということである。清代の『説文段注箋』には、人の口三つから成る、の如く説明があるが、それは本来の字源ではないという (白川静著『字統』)

 さて、『源氏物語』に戻る。出だしでは、頭中将が源氏に女からの手紙を見せてくれと言う。はじめはこの二人だけがいて、頭中将はぱらぱらと源氏に届いた手紙を読んだ後、自身の女性論を展開する。頭中将によれば、上流階級の女性は大事に育てられたので、欠点も隠されるが、中流では、個性が保たれて育てられているからつきあっておもしろい、とのことである。ちなみに下流には、頭中将は興味がない。

 そうこうしているところに、左馬頭と式部丞がたずねてくる。

 特別な才能だの魅力的な器量だのは家庭の主婦に無用だ、と左馬頭はいう。役所での出来事など、こちらが話したいことを話したときには、耳を傾けてくれる妻が良い、という。まじめで素直のなのが良い。夫が浮気したときは、気付いていることは示し、無視もせず、執拗に追求したりもしないのが良い、という。左馬頭は、器量が悪く焼き餅焼きの妻がいやで浮気したことがあるが、自分にいろいろと気を使ってくれたのは、風流でおしゃれな浮気の相手ではなく、むしろこの正妻であったという思い出話をする。

 ここで頭中将は体験談をひとつ交え、人生のほかのことでもいえることだが、恋愛もまたしかりで、どんな女性も一長一短であり、完璧な恋愛はありえない、といった結論を導く。

 式部丞はインテリすぎる女性はいっしょにいると疲れる、といった話をする。

 一番若い (と思われる) 光源氏は独自の女性論を語らない。頭中将も光源氏にはふらない。

 この巻の後半部では、光源氏が「中の品」にアプローチする話が語られる。

 『源氏物語』は、英訳では The Tale of Genji という。英訳したのは、上代日本語や古代中国語に通じ、『老子道徳経』や『西遊記』も英訳したウェイリー (Arthur Waley, 1889-1966) である。

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Art to Hide False Heart

Duncan has the poor sense to evaluate his men. The former thane of Cawdor has been absolutely trusted by Duncan (Duncan himself says so at Act 1 Scene 4), but he has betrayed & made treason, & has finally executed by Duncan’s order. The new thane of Cawdor Macbeth is absolutely trusted by Duncan, too, but he is worse than the former thane on loyalty. For Macbeth. foul is fair (See Act 1 Scene 1). "There is no art to find the mind's construction in the face," but there might some art be to hide the mind's construction. Macbeth says on this point at Act 1 Scene 7:
MACBETH
False face must hide what the false heart doth know.
ンカンには人を見る目がない。最初のコーダーの殿はダンカンから全幅の信頼を得ていた (ダンカンは第一幕第四場でそういっている) が、裏切って、謀反に走り、しまにいはダンカンの命令によって処刑された。新しいコーダーの殿マクベスもまたダンカンから全幅の信頼を受けているが、忠誠心においては前任者よりも悪い。マクベスにとっては間違いこそ正しいのだ (第一幕第一場参照)。「表情から精神の構造を見抜く術はない」が、しかし、精神の構造を隠す術はあるのかもしれない。第一幕第七場でマクベスは言う。
マクベス
偽りの顔で偽りの心の思いは隠さねばならぬ。

Macbeth Quotes


Saturday, August 11, 2012

Fountain of Figurative Expressions

Shakespeare’s mind is a fountain of figurative expressions. It is wonderful if we can borrow an hour or twain from the night or the day in the real life, as Banquo says at Act 3 Scene 1 in Macbeth:
BABQUO
… go not my horse the better,
I must become a borrower of the night
For a dark hour or twain. 
MACBETH
Fail not our feast. 
BANQUO
My lord, I will not.

ェイクスピアの精神は比喩表現の泉である。『マクベス』第三幕第一場でバンクォがいうように、実生活でも夜か昼から一、二時間借りられたらすばらしい。
バンクォ
・・・ 馬の調子がいまいちならば、
夜から暗い時を一、二時間
借りなければなりますまい。 
マクベス
宴に間に合わせるように。 
バンクォ
はい、承知しております。

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Sunday, August 05, 2012

Advice for Authors

O. Henry was an American novelist who lived a complicated life. If an artist’s life is complicated, their creation will also be complicated. His advice to writers who get lost the way of writing, I think, was necessary for no one but himself:
Write what you like; there is no other rule.

O・ヘンリーは錯綜した人生を生きたアメリカの作家である。芸術家の人生が込み入ったものなら、その創作も込み入ったものとなるものである。O・ヘンリーによる、迷う書き手への助言は、思うに、彼自身にこそ必要なものであった。

好きなことを書くこと。ほかにルールはない。













Friday, August 03, 2012

Olympia, 476 BC

It is best never to be born...
--- Bacchylides, Ode

Bacchylides, Nightingale of Ceos, congratulated his patron, tyrant of Syracuse, Hieron on his victory of the chariot race offering an ode at Olympia, 476 BC. This part (Ode V, 160) is one of the surviving fragments of his poetry:
For mortals it is best never to be born, never to look on the light of the sun. But there is no profit in lamenting this; one must speak of what can be accomplished.

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