Sunday, April 01, 2012

薄命の女流作家

野仙子の『嘘をつく日』は印象的な短編小説である。小説の舞台が病院であるから、療養中の作品だろう。

作家と同様に主人公も病院で療養している。作家が病を患ったのは二十八歳であったから、主人公もそのくらいの年齢だろう。古顔となったが、胸の痛みはやわらぎ快方に向かっている。春めいてきて気分が明るくなったことも手伝ってか、四月一日は嘘をついても良い日だからといたずらを計画する。平成の基準からすると、主人公の女性は年齢の割には純粋で無邪気だと感じる。時代がそうさせるのか、芸術家の生来のピュアさなのかはわからない。ただ、芸術家にはピーター・パン的要素が大なり小なりあるものだ。もっとも欧米では、こどもばかりでなく、大人も四月莫迦を楽しむもので、マスメディアはありもしないでたらめなニュースを流す風習があり、生活に潤いを与えている。

さて、嘘をつくという計画を立てることは病身の主人公にとってささやかな慰めであった。彼女は看護婦を一人かつぐ。それがうまくいったことに気分を良くし、次のカモを求めて診察室に行くのだが、そこには急患の赤ん坊が運び込まれていて、人工呼吸が行われ、医師の蘇生処置もむなしく、赤ん坊は亡くなってしまう。その一部始終を目の当たりにした主人公は、他愛もないけれども、それでいてどこか毒気のある、嘘をついて人をかつぐという計画を抱いた自分を悔いる。もちろん計画は実行しない。「人の死の絶對な靜肅さ」に圧倒されて、「四月一日、私は以後この日のあそびを永久に葬らう!」と誓う。葬らずにすむようにする自分に課した条件は、妹から託された赤ん坊を亡くしてがっかりしている大工のおじさんを、いわゆるホワイトライで慰めることができるならば、だが、それはできずに小説は終わる。

水野仙子がこの小説を世に出したのは大正七年、亡くなったのは翌一九一九年 (大正八) 年である。小説の結末の厳粛さからすると、自分の死期が近いことをうすうす感づいていたのかもしれない。

青空文庫『嘘をつく日』

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